遥かなる兄弟

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「……我々は同じ宇宙に生まれ共に生きる、言わば兄弟ではないですか」  翻訳機を通じて流れてくる言葉に、一同固い表情で耳を傾けている。  1か月ほど前に、突然地球に現れたこの異星人は、瞬く間に全世界の注目の的となった。地球の技術をはるかに超えた高性能の自動翻訳機から流れる彼の言葉によれば、地球から8700万光年離れた巨大な渦巻銀河の中にあるR星という小さな星からやってきたのだという。目的は、地球との友好関係の締結だという宇宙人の言葉に、最初は誰もが警戒心を抱いていた。 「確かに、私のこの姿は、皆様にとっては馴染みのないものでしょう」  緑色のイソギンチャクといった風情の頭部に生えた触手がうにゅうにゅと蠢くさまは、確かに地球人の目には気持ちの良いものではない。そして、胴体から生える蟹のような鋏をもった4本の腕も、地面に接したひれのような脚部をウミウシのようにびらびら波打たせながら、意外に早いスピードで滑らかに移動するさまも、最初は誰もが不気味に思った。 「いえ……その、容姿に関しましては、まあ、その、お互い様と言いますか」  就任したばかりの地球連邦の大統領が愛想笑いを浮かべる。 「いえ、それは当然だと思います。そもそも、いきなり現れた宇宙人に、兄弟になりましょうとか言われても、警戒心を抱くのが普通ですよ。だいたい、なれなれしく”やあ、兄弟"とか言ってくる異星人は、ほぼ間違いなく地球を侵略しにやってきた輩だ、というのが、”お約束”ですよね」  頭頂部の周囲を取り巻くように並んでいる30個ほどの赤い点が、一つ置きに明滅する。これは地球人でいうと笑いの表情らしい。 「そうは言っても、我々は、あなた達と是非友好関係を結びたいのです。8700万光年は、私達のワープ技術をもってすれば、それほど遠いものではありませんが、それでもこんな広い宇宙の中で、文明を発展させる力をもった知的生命体と巡り合う機会は、極めて稀なものです。私達が出会えたのは、殆ど奇跡に近いと言っても過言ではありません。その貴重な機会を大事にしていきたいのです」 「確かに、おっしゃることはよくわかります。私達も同じ思いです。ですが……」  大統領の傍に座った地球連邦外務大臣も、緊張している。地球の中で培われた外交経験も交渉力も、当然ながら宇宙人相手ではまったく勝手が違う。 「まあ、とにかくゆっくりと関係を育てていきましょう。先ほども申し上げましたが、こちらの航法を使えばR星にはすぐ到達できます。移動はこちらでアレンジしますから、代表団の方でも、観光客の方でも、いつでも遊びに来てください。一方、私をしばらくこの星に置いてくださいませんか?私もこちらで色々見聞きしたいものですから」  言ってみれば、この宇宙人は人質がわりに地球に残っても良いというわけだ。確かにこの宇宙人が地球にいる限り、向こうの星に派遣された地球人に手荒なことはしにくいだろう。 「なるほど。それは良い考えだと思います。では、そのように進めてまいりましょう。ところで、あの……」 「私の名前ですよね。皆様には発音しにくいでしょうから、そうですね。R1号とでもお呼びください。この地球に来た初めてのR星人という意味で」 「わかりました。R1号様。どうぞよろしくお願いいたします」  それから1年。R星へのツアーは瞬く間に地球人の間でブームになった。  最初は数人の代表団の派遣に始まったのが、帰ってきた者たちが口々にR星のことを褒めるので、地球での印象はどんどん良くなっていったのである。  地球人が抱いたR星への好印象とは、意外なことに、そこがいかにも"静かである"という理由だった。R星は地味で、素朴な星だったのだ。人口は1千万程度で効率化のためにいくつかの都市部に集中してはいるものの、それでも住宅を含めた建造物には十分すぎるほどの余裕がある。そしてR星人の住む場所以外は殆ど手つかずの見事な自然が広がっている。人々は友好的であるが、素朴でおとなしく、基本的に穏やかでいつも静かにしている。地球人が懐かしく思う素朴で静かな世界、奇妙な話ではあるが、そこが"地球的"だったからこそ多くの地球人の心を捉えたのかもしれない。  一方、科学技術のレベルは、地球の文明の遥か先を行くものだった。医療、製造、移動や輸送手段、はては精神的なレベルにまで踏み込んだコミュニケーションに至るまで、全てが地球では夢のまた夢と思われていたものが、ここでは至る所に現実化していた。 「素晴らしい技術ですね。いや、まったく毎日が驚きの連続です。我々がこの域に達するまであと何百年かかることか」  地球からのツアーに参加した某大学の教授が目を輝かせている。 「もちろん、これらのものは、いきなり降ってわいたように現れたわけではありません。私達の父祖、大いなる父や母たちが長年に亘って試行錯誤を積み上げてきた挙句、漸く最近になって実を結んだものです。いわば、これは大いなる遺産というわけです」  案内役のR星人が誠実な調子で説明する。大学教授も穏やかに頷いていた。  こうして1年間が過ぎるころには、地球人の中でR星人に警戒心を抱くものはいなくなった。そして正式にR星と地球の間で友好条約が締結されることになったのである。 「感無量です。これで、私達は本当に兄弟になれました」  翻訳機から流れてくるR1号の声は、いつもどおり淡々としている。 「私も同じ思いです。あなたも故郷を遠く離れた地球でよく長い間我慢されましたね」 「いや、そこは全く問題ありません。住めば住むほど、私は地球のことが好きになりました。この星には”住めば都”という言葉があるんですね」 「よく、ご存知ですね」  大統領も笑顔になった。 「それにしても、あれだけの技術や知識を全て私達に無償で提供してくださるなんて。本当によろしいんですか?」  科学技術大臣が少し怪訝そうな顔をしている。 「勿論です。もともと全ては私達の父祖がその基礎を築いたもので、つまりは遺産というわけです。そして私達とあなた達は兄弟なわけですから、あなた達にもそれを享受する権利が必然的にあるのです」 「誠に有難いことです」  大統領が笑顔で頷いた。  それから1週間ほど後のこと。R1号が大統領の執務室に現れた。 「急なお話しですが、本日からしばらく里帰りさせていただきます」 「それは、勿論結構ですが。何かあったのでしょうか」  何かR1号の機嫌を損ねるようなことでもあったかと大統領は一瞬不安になった。 「実は、親が亡くなりまして。葬式や後のこと、色々ありますので」 「そうだったんですか。それは、どうもご愁傷様です」 「ご丁寧に恐れ入ります。まあ、長く患っていましたのでね。あまり長くは無いと思っていましたが、とにかく間に合ってよかったです」  大統領はR1号の言葉に少し違和感を覚えた。亡くなったのに”間に合った”というのはどういう意味だろう。 「まあ、ご承知のとおりワープ航法ですぐに行き来出来ますのでね。すぐ帰ってきます」 「どうぞ、ゆっくりなさってきてください」  それから、半年ほど経ったある日のこと。  大統領官邸で行われている閣議に、オブザーバーの立場でR1号も出席している。 「以上ご報告のとおり、R星からもたらされた技術のおかげで、我々の星は、毎年目覚ましい成長を遂げることが出来ております。地球は益々エネルギッシュに繁栄を続けています。あらためてR星の皆さんに感謝申し上げます」 通産大臣の言葉に、R1が会釈を返す。 「では、次の議題に移りましょう。いよいよ、我々が太陽系外の植民地経営に乗り出す時が」 官房長官が会議を進めようとした時、防衛次官が慌てふためいて駆け込んできた。 「失礼します!冥王星の基地から緊急連絡です!外宇宙から、多数の宇宙船団が太陽系に侵入して来ました。目的地は地球と思われます。宇宙船の大半は武器を装備しているもようです」  会議室の空気が一気に緊張する。 「早速来ましたね」  淡々としたR1号の言葉が一同を刺激した。 「どういうことだ?君は知っていたのか?」 「ふざけるな!侵略の意図は無いなんて、やっぱり私たちを騙していたんじゃないか。我々の警戒心が解けるのを待って、満を持して宇宙船団を出動させたんだな?」 「違いますよ。あの宇宙船団は我々の星のものではありません。別の星から来たものです」 「別の星?」 「ええ。債権星です」 「債権星?」  耳慣れない言葉に大統領は戸惑う。 「そうです。我々の父母が作った借金の債権者というわけです」 「債権者って……まさか」 「つまりは、そういうことです。私達の父祖は、確かに素晴らしい科学技術をいくつも開発しました。ですが、それには莫大なコストがかかっていました。その為に、他の星から多額の借金をしていたのです。一方、あなた達は私たちと兄弟になり、その瞬間、私たちの親とも親子関係が成立したわけです。その後親は亡くなり、正式に相続が開始しました。因みに、相続放棄が出来る期限は、昨日で終わっております」 「なんだって?それじゃ……」  法務大臣が呆然と口を開けている。 「そう。あとは 、遺産と同時に借金が、それぞれ私達とあなた達によって引き継がれたというわけです。ご承知のとおり、私達の星は、知識や技術はありますが、我々より進んだ文明を持つ債権星にとっては、今我々が持っているものには何の魅力も感じない。そして、私達は活力を失い、文明としてのパワーやエネルギーは期待出来ない。衰えていくばかりです。もはや、無い袖は振れないという状態です。かたや、この地球という星はまだまだ未開で、地球人にも原始的な生命エネルギーが漲っている。まだ活力があるのです。そして債権者としては、私達よりもあなた達の方に魅力を感じているのです。借金の形(かた)にその生命エネルギーを頂く方が、よほど”美味しい”んでしょうね」  R1号の表現に、一同ぞっとする。 「まあ、多分皆殺しにはならないでしょうから、ご安心を。そうしてしまったら元も子も無いですからね」  R1号の頭頂部の赤い点が一つおきに明滅している。 「何を他人事みたいに!君は結局我々を騙していたんじゃないか!」 「だって、あなた達も遺産の恩恵は十分に享受しているじゃありませんか。借金は、その対価みたいなものだとお考え下さい。そう言えば、この星には”ただほど高いものは無い”、という言葉がありましたね」  会議室のスクリーンに映し出されたレーダーの画面の中では、無数の宇宙船が、地球に向かって粛々と進んでいる。 [了]
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