第一章

1/2
前へ
/15ページ
次へ

第一章

   「エリカ起きて!!」  深夜零時。  人々の寝息を吸い込む世界の静寂を破ったのは血相を変えた姉、ルナの切羽詰まった声だった。  「おねぇちゃん…?? どうしたの? もう起きる時間…?」  目を開けて辺りを見回してみるが、カーテンは閉まったままだ。  「おねぇちゃ、」  「いいから!!はやく!!」  ルナはぐいっとエリカの腕を掴み、無理矢理引っ張り起こす。  起き上がってエリカは驚いた。  ベッドで眠っていたはずなのに、リビングのフローリングの上にいたからだ。  「待って、痛いよ!」  エリカは声を上げるがルナは聞く耳を持たない。  「急いで!お願いだから!」  力を込めて握られる腕。  余裕のない表情。  ただ事ではないと察知しつつ、エリカはパジャマが脱げそうになりながら立ち上がる。  しかし歩き出そうとした瞬間、足がぶつかって勢いよくこけてしまう。  「痛ったぁ」  何にぶつかったのだろうと振り返りかけたが、ルナがそれを遮った。  「だめ!!」  振り返りかけていた顔が戻る。  ルナはエリカの腕をひっつかみ、そのまま全速力で走りだす。  〝とにかくここにいてはいけない〟と玄関へ向かう。  緊張しているのか、指先が震えて扉が開かない。  半ば力任せに押し開けると、ルナは靴を履こうとしていたエリカを「いいから!」とおぶって裸足で走り出した。  外はひるむほど暗かった。  夜が明ける気配もない。  少し冷えた空気にエリカはルナの背中に頬をうずめる。  寒さのせいか、不安な気持ちが広っていく。  こんな真夜中に、二人だけで、慌ててどこへ行くというのだろう。  (お母さんたち、きっと心配する。)  「……ねぇ、おねぇちゃん、どこへいくの?」  ルナのじんわり汗ばんだ背中の体温や、必死で駆ける足取りを直に受けながらエリカは問いかけた。  ルナは顔だけで振り返り、 「シーっ!しゃべっちゃだめ」と言った。  彼女はもう、とにかく必死だった。  まるで何かから逃げるように、遠く、遠くへ、駆けて行った。  何に対してなのかは分からないけれど、何かに怯えているらしかった。  ──おばけがいるの?  訊きたかったけれど、エリカは〝しゃべっちゃだめ〟という言いつけを守り、グッと飲み込んだ。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加