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第一章
「エリカ起きて!!」
深夜零時。
人々の寝息を吸い込む世界の静寂を破ったのは血相を変えた姉、ルナの切羽詰まった声だった。
「おねぇちゃん…?? どうしたの? もう起きる時間…?」
目を開けて辺りを見回してみるが、カーテンは閉まったままだ。
「おねぇちゃ、」
「いいから!!はやく!!」
ルナはぐいっとエリカの腕を掴み、無理矢理引っ張り起こす。
起き上がってエリカは驚いた。
ベッドで眠っていたはずなのに、リビングのフローリングの上にいたからだ。
「待って、痛いよ!」
エリカは声を上げるがルナは聞く耳を持たない。
「急いで!お願いだから!」
力を込めて握られる腕。
余裕のない表情。
ただ事ではないと察知しつつ、エリカはパジャマが脱げそうになりながら立ち上がる。
しかし歩き出そうとした瞬間、足がぶつかって勢いよくこけてしまう。
「痛ったぁ」
何にぶつかったのだろうと振り返りかけたが、ルナがそれを遮った。
「だめ!!」
振り返りかけていた顔が戻る。
ルナはエリカの腕をひっつかみ、そのまま全速力で走りだす。
〝とにかくここにいてはいけない〟と玄関へ向かう。
緊張しているのか、指先が震えて扉が開かない。
半ば力任せに押し開けると、ルナは靴を履こうとしていたエリカを「いいから!」とおぶって裸足で走り出した。
外はひるむほど暗かった。
夜が明ける気配もない。
少し冷えた空気にエリカはルナの背中に頬をうずめる。
寒さのせいか、不安な気持ちが広っていく。
こんな真夜中に、二人だけで、慌ててどこへ行くというのだろう。
(お母さんたち、きっと心配する。)
「……ねぇ、おねぇちゃん、どこへいくの?」
ルナのじんわり汗ばんだ背中の体温や、必死で駆ける足取りを直に受けながらエリカは問いかけた。
ルナは顔だけで振り返り、
「シーっ!しゃべっちゃだめ」と言った。
彼女はもう、とにかく必死だった。
まるで何かから逃げるように、遠く、遠くへ、駆けて行った。
何に対してなのかは分からないけれど、何かに怯えているらしかった。
──おばけがいるの?
訊きたかったけれど、エリカは〝しゃべっちゃだめ〟という言いつけを守り、グッと飲み込んだ。
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