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垂れ目な山岡くんは、驚くほど話が合う相手だった。
他にも談議相手がいたが、これ程同じ熱量で語り合えるタイプは山岡くんが初めてだ。
“普段冷たいお姉ちゃんが妹のピンチに駆けつけて悪ガキを追い払うシーンにグッとくる”とか“幼い妹と一緒にお人形遊びに付き合うシーン尊い”など、細かい部分の好きな描写まで同じテンションで盛り上がれる事がとても楽しい。
「あー10歳くらい年上の黒髪で眼鏡の優しいお姉ちゃんが欲しかったな。ちょっと天然な感じでもいい。“お姉ちゃんしっかりしてよ!”とか言ってみたい」
理想の姉像を語ると、『俺はヤンキーっぽい雰囲気だけど実は家族思いなお姉ちゃんがいいな』と返してくれる。
そうか、ならば山岡くんの理想の姉を演じたら喜ぶかもしれない。
「山岡くん、私をお姉ちゃんだと思っていいよ」
にっこり笑って“強気な姉”を演じてみたら、数分もしない内に『巻舌でしゃべるお姉ちゃんはちょっと……』とダメ出しされた。
「ヤンキーならだいたい巻舌っしょ? 何がダメだったの?」
「うーん。多少なら巻舌でもええけど、エグい量で舌巻かれてもアレやしな。あとさっきのはヤンキーじゃなくヤカラのオッサンみたいやで」
陽気な山岡くんが困ったような顔で頭を掻いた。
「山岡くん、もしかしてヤンキーじゃなくてギャル系が好きなんじゃない?」
「いや、ギャルというより……うん、まぁ、俺がやるからちょっと見といて」
垂れ目の彼が居住まいを正すと、のほほんとした雰囲気がガラリと変わった。
印象的な目と人懐っこい話し方が彼をひょうきん者に見せていたが、真顔だと整った鼻筋や優美な輪郭が際立っていた。
『アオイ』
低くて甘いハスキーな声で私を呼ぶ。
気怠い感じに顔を傾けて、こちらの目を見つめて『ネイル、剥げてる』と、不思議な事を言い出した。
「えっネイルなんか塗ってないよ?」
キョトンとする私に気にする素振りもなく、『ささくれも出来てる。甘皮の処理が甘いと色が乗らないよ』と女子みたいな事を話すので、思わず彼を凝視してしまった。
「手、貸してみ。“あたし”が綺麗にしてあげる」
彼の手が、お姫さまの指先を包みこむような仕草で私の手を取る。何もないはずの指に、ネイルブラシで丁寧に塗られていくような感覚が生まれ、見えないけれどそこに何かが施されていた。
「出来た。どう、海色のグラデ。好き?」
メッシュカラーの長い前髪をかき上げて、フッと微笑む“彼女”ーー実際にはサイド刈り上げの短髪の男なのだか、ゆるく巻いたロングヘアのお姉さんが彼に憑依している。
そうか、これが、ヤンキーっぽいけど妹には世話焼きのお姉ちゃん……。確かに軟派な男はぶっ飛ばしそうな強さが垣間見えて魅力的。うん、控えめに言って最高です!
「……って感じのお姉ちゃんが欲しかったんやけど、ごめんな。俺がやると何かキモいよな」
憑依が解けた山岡くんが、照れくさそうに笑って私の手を離した。今はもう垂れ目なイケメンに戻っている。
「山岡くん……いや、お姉ちゃん! もう一度、さっきの続きをお願いします!」
垂れ目をまんまるくさせた後、彼は『いいよ』とはにかむ。
ついに私は、理想の姉を手に入れた。
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