姉妹に飢えた者たち

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 山岡くんとの疑似姉妹ごっこは、時間の許す限り続けていた。 最初こそ恥ずかしがって数分程度しか“お姉ちゃん”を召喚しなかった彼も、段々と板に付いてきて、部室棟のすれ違いざまに“お疲れ、アオイ”と姉モードで声を掛けるまでになった。  周りから見れば私たちは不思議な関係だったかもしれない。やけに親しい様子で二人で居るのに恋人のような雰囲気じゃない。彼は姉を演じていたが、声は地声のまま、自分を“あたし”と言う以外は特に女言葉を使わないので、誰かに聞かれて怪しまれる心配はなかった。 ○ 『アオイちゃん、どないしたん?』  別館のトレーニングセンターで床に座り込んでいたら、ジャージ姿の山岡くんが駆け寄って来た。 「目が(うつ)ろやけど、何かあったん?」 今日は姉モードオフの日なのか、わずかに距離が遠い。 「……足、故障して駅伝のメンバーから外された」 「そうなんや。もう自主トレ終わった? 何か元気になるもんでも食いに行く?」 「……“お姉ちゃん”と遠くに行きたい」  ほんの少しの間の後に『どこに行きたい?』と慈しむような姉の声。 彼自身、大事な試合が近付き“姉妹ごっこ”などしている場合じゃないだろうに、私のワガママに巻き込まれてしまっている。 姉が欲しい彼に姉の役割を押し付けただけの疑似姉妹は、本当はもっと早く終わらせるべきだったかもしれない。 「……静かな場所がいい。雑音のしないところ」  姉は私の願い通りの場所に連れて行ってくれた。
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