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大学から徒歩10分程の河川敷は、人も少なく心地良い風が吹いていた。
「アオイ、これ美味しいから飲みな」
水辺のすぐ側の階段に腰を下ろし、バッグの中からプロテインシェイカーを取り出すと、まるでキャラメルマキアートを勧めるような感じでホエイプロテインを渡してくる。
「……疲れた体に染み渡る味だね」
「気に入ったなら全部飲んでいいよ」
三角に折り畳んだ足の上に頬杖をつき、上目遣いで私を見る“姉“は、妙に色っぽい。
なぜだか分からないが、『お姉ちゃんの彼氏ってどんな人?』と口から不意にこぼれ出た。
「……アツシの事? 普通だよ。バス釣り好きのオラウータンみたいな人」
妙な事を聞いたにもかかわらず、彼は姉妹ごっこの延長線だと捉えたのか、即興で架空の彼氏を作り、話を合わせてくれる。
相手の要求に応えるのがとても上手な人だ。多くの人に愛されるタイプだろう。
「……お姉ちゃん美人なのにオラウータンみたいな人と付き合ってんの?」
「うん。体毛の濃さと握力に惹かれた。見た目以上にワイルドかな」
時折ふざけた事を真面目なトーンで話す姉が凄く可愛い。
「てか、アオイは彼氏いる?」
「えっ……私?」
現実にはいないが、いる体で話した方が盛り上がるかもしれない。どうせならちょっと楽しもう。
「いるよ。めちゃくちゃイケメンな彼氏」
「ふぅん。そうなんだ。何て名前?」
「名前?」
名前……なまえ……ダメだアドリブに弱いから全然出てこない。ぱっと頭に浮かぶ名前はサウザーやガイルだ。二次元にも程がある。
「あー……えっと、ヤマダだよ」
やっと絞り出した名前が某家電量販店。いないのがバレバレだが仕方がない。
「彼氏の事、苗字呼びしてんの?」
「ウン……呼びやすいから」
「そっかー。それよりさ、この歌手知ってる? 新曲が凄くエモいんだよ」
これ以上彼氏の話は広がらないと悟ったのか、別の話題へとシフトチェンジさせてスマホからその曲を流す姉。
お互いの体温を感じ取れる距離で一つの画面を共有する。恋人でも友人でもない関係で、他愛もない話に笑い合う時間が、こんなにも愛おしい。
このままずっと疑似姉妹で居られたら、どんなに幸せだろうか。
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