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現実から少しでいいから逃げてみたい。
ずっと母の虐待から、父と澪さんの死から、事故で私だけが助かってしまったことから、ひたすらに耐えていた。
眠ってしまえば、夢を見る。
その夢には父や澪さんがいて、とても幸せで残酷だった。だから眠ることが怖くてたまらなかったんだ。だって、目が覚めたら大事な人は傍にはいない。
頼れる人なんていなくて、心の隙を作れば崩れそうだった。
同級生からも、私は可哀想で不幸な人として見られて、同情される。
けれどそれが嫌で気丈に振舞えば、強がっていると言う人もいれば、平然としているなんておかしいと言ってくる。
陰でコソコソと私の噂話をされて居心地が悪くて、本当は高校も行きたくない。
私に辛辣な言葉を向けながらも、心のバランスが変になっていることを直接指摘してきたのは赤地くんだけ。それに本気で心配をして連絡をくれたのは弥代ちゃん。私のピンチを救ってくれたのは、未弥。
そして、私の心に寄り添って安心をくれたのは——先生だった。
『あたし、小夜の手料理大好きなんだよね』
私の作るご飯を、母は捨てた。こんなものいらないとゴミ箱にぐちゃぐちゃにして笑っていた。
私が傷ついて泣く姿を母は楽しんでいた。私がいるせいで、いろんなことを我慢してきたから、あんたも我慢をするべきだと母は口癖のように言っていた。
でも、澪さんは美味しいってうれしそうに笑ってくれて、お父さんも上手だなって褒めてくれた。
そんなふたりがいなくなって、もう誰かにご飯を作ることなんてないと思っていた。けれど、先生も美味しいって言って食べてくれたから、私はあのとき泣きそうになった。
先生、私ね……
この日常が終わることも、澪さんとお父さんと過ごした日々が過去になっていくことも怖くてたまらないんだ。
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