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澪
世の中の全てがどうでもよくなった。
好きな人には突き放されて、家を追い出されたあたしは適当にふらふらと夜の街を遊び歩く。
最初は刺激的で、いい憂さ晴らしになった。
だけどそんな日々もだんだんと退屈になっていき、こじんまりとした居酒屋で過ごすことが多くなっていった。
ここは料理が美味しくて、酒癖の悪い人も来ない。髪色が派手なあたしは、変なやつに絡まれやすいので、この場所でならゆっくりと過ごせた。
だけど時々、重たい空気を背負った男の人がやってくる。
その人は一時間くらいここでお酒を飲んで、遅くならないうちに帰っていく。
家で奥さんでも待っているのかと思ったけれど、指輪はしていない。身なりは整っていて清潔感がある。おそらく年齢は三十後半か四十前半だろう。
鼻筋が通っていて、三白眼。ちょっと冷たそうな印象で近寄り難いけれど、雰囲気のある人だった。
「いっつも暗い顔して飲んでるね」
声をかけたのは、ただの好奇心だった。
驚いた様子で目を見開いた彼は、すぐに目線を落として苦笑する。
「娘とどう接していいのかわからなくて」
「ふーん、娘さん思春期?」
「中学生」
「あー、難しい年頃だよねぇ」
大きな娘さんがいるんだなと意外だったけれど、相当大事にしているのが伝わってきて微笑ましかった。あたしのときは、こんなふうに悩んでくれる人はいなかったから。
「いや……そうじゃなくて」
「え? 思春期だから接し方が難しいんじゃないの?」
「それが……」
言葉を濁しながら言いにくそうにしている彼に、私は笑いかける。
「他人だから言えることもあるんじゃない? あたし誰にも言わないから、話せる範囲で聞かせてよ」
友達とか、身内じゃないからこそ、相談できることだってある。赤の他人で、もしかしたら今度二度と会うこともなくなるかもしれない。だからお酒によった勢いで、ちょっとくらい肩の力を抜けばいい。
「傷ついてるから、下手なことを言うともっと悪化させそうで」
中学生で傷つくような出来事は、人間関係だろうか。
「学校とかで誰かにいじめられたとか?」
「いや……母親に」
「は? 母親!?」
予想外の返答に、大きな声をあげてしまった。
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