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母親という言葉に、ぞわりと肌が粟立つ。自分の過去と重ねているせいかもしれない。だけど、母親に傷つけられたということは関係が良好ではない可能性が高い。 「親子喧嘩したってこと?」 「喧嘩というより……その、」 「まさか虐待?」 彼は黙り込んだまま、静かに頷いた。 「……待っていても傷は癒えないよ」 虐待に日にち薬なんて効果はない。トラウマはそう簡単に消えるものじゃないと、あたしは身をもって知っている。 「あたしも実母と義母に、虐待されてたから」 「え……」 初めてこの人の関心があたしに向けられた気がした。 苦笑しながら、自分の過去を軽く話してく。 実母はネグレクト気味で、機嫌が悪いと暴力をふるっていたこと。 その後実母が亡くなり、愛人だった男に引き取られたけれど、その家の義母に嫌われて、人がいないところで言葉の暴力や、時に食事を与えてもらえないこともあった。 顔を歪め、苦しそうにあたしの話を聞いている彼に笑いかける。 「大事なら、ちゃんと対話してあげて」 じゃないとあたしみたいになっちゃうから。 *** それから数日後、居酒屋でまたあの男の人を見かけた。 あの日は気まぐれに声をかけたけれど、今日はやめておこう。もしかしたらあたしの顔なんてもう覚えていないかもしれないし。 そう思って、少し離れた席に座る。 ビールとつまみを注文してスマホをいじっていると、目の前に影が落ちた。 「あ……」 男の人から近づいてきたのは初めてだ。一度話しただけのあたしのことを覚えてくれていたみたいだ。 「こんばんは」 穏やかな話し方をする人。あたしが今まで関わってきた人間に、彼のような人はいなかった。 「……どーも」 こんな人が父親だったらよかったのになと、思ってしまう。 あたしを引き取った義父は、可愛がってくれているように見えたけれど、実際はあたしの母を愛していただけ。忘形見として最初は愛情を注いでくれていただけで、成長するにつれて関心は薄れていき、ほとんど会話もなくなっていったのだ。 最後の会話は、あたしにお金を渡して「これだけあれば当分は生きていけるだろう」だった。愛情なんて欠片もなくて笑える。
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