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◇ 「あー……悪いけど、新條清はここにいません」 せっかく意を決してインターフォンを押したというのに、長方形の黒い塊から聞こえてきた声は気怠げで拒絶しているようだった。 「あの、私今日からここでお世話になる予定だったんですけど」 遠回しに帰れと言われた気もするけれど、簡単に引き下がるわけにもいかなかった。私は聞いているのかもわからない相手に、インターフォン越しに話を続ける。 「え……お世話?」 戸惑いを含んだ声が返ってきた。 「聞いてませんか」 「いや、まったく」 どうやら相手の男の人は、〝新條清〟になにも聞かされていないみたいだ。 絶望的だったあのときの私にとって救いの手のような存在であり、そして本心が見えない人。 会ったことは一度だけだ。 ただの口約束か冗談だったのだろうか。 「新條清さんって人にここに来てって言われたんですけど……」 「アイツ……勝手なことしやがって」 インターフォン越しだけど、なんとなく懐かしい声のように思えて、初対面の相手なのに不思議と警戒心は芽生えない。 「とりあえず入れば」 その一言で、私はこの家に入ることを許された。 侵入者を阻むような石塀が敷地内を取り囲むようにめぐらされていて、私が立っている重厚感のある和風の門は、格子越しに透けている中が見える。 おそるおそる門を開けば、灰色の石畳が住居への道を先導してくれているようだった。
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