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殺人現場となった町田家の西隣が須堂家だ。前面道路がまだ規制線の内側にあったものの、住人の出入りは可能だ。
尾田切はその二階にある須堂夫妻の寝室で、須堂家の一人娘である須堂京子を抱いていた。
「んっ、ん、ん、ん、」
尾田切の腰の動き合わせて、京子がくぐもった喘ぎ声を漏らす。平日の昼間である。規制線のおかげでまだ警察関係者以外は近づけないはずだが、それでも近所の耳を気にして懸命に声を抑えているのか。あるいは単に声をあげるのが恥ずかしいのか。
京子は女子大生だといっていた。背中まで伸びた髪が、黒い花を咲かせたようにベッドに広がっている。今どきの若い娘には珍しく、染めている様子のないナチュラルで艶やかな黒髪だ。その髪とは対照的に真っ白な肌が目に眩しいほどだった。
小振りながら形の良い乳房が揺れている。尾田切はそこに両手を伸ばし、いじらしく尖った淡い色の突起を摘んだ。
「あんっ、」
今度は硬くなった乳首を押しつぶすようにしながら、乳房全体を丁寧に揉みしだく。声が一段大きくなり、締まりもきつくなった。
「あんっ、あん、あん、」
「ほら、外に聞こえるぞ」
そういうと京子は慌てて片手を口に当てて、また声を抑えようとする。
本来、尾田切は若い女よりも中年女の熟した身体が好みだった。経験の浅い女を自分好みに育てる楽しみも分からぬではないが、自分でやるのは面倒くさい。それよりも他の男に開発された性感帯を見つけ出していく方が楽で楽しい。
そんな尾田切の目にも、京子の身体は魅力的に映った。皺ひとつなく張りつめた白い肌。無駄な肉はどこにも見当たらず、快感にのけぞれば肋骨が浮き上がるほどスレンダーでありながらも、男の欲情を誘う曲線をそこかしこに備えている。ただ若いというだけではない。男ならば性的嗜好にかかわらず、一度は抱いてみたいと思うような妖艶さを持った女だった。
だが、いくら尾田切が女好きだとはいえ、はじめからこんなつもりで京子に近づいたわけではなかった。好奇心を勤労意欲の糧とし、町田家の庭を自分の目で確認するため、どうにか隣の家に入り込むチャンスはないものかと張り込んでいたのだ。そこへ、この須堂家の車庫から赤いポルシェが出て来る場面に遭遇した。尾田切は走ってポルシェを追い、角で一旦停止したところで気づいた京子が車を停めて待ってくれたので、何とか追いつくことができた。
車内は京子一人だった。運転席の窓を半分ほど開けてくれた彼女と目が合ったとき、尾田切は年甲斐もなく見惚れてしまった。それほどまでに京子は美しかった。まるで人形のように整った目鼻立ち。漆黒でありながら透明感のある瞳と、それを縁取る長い睫毛。
「何かご用ですか?」
そう声を掛けられて我に返り、慌てて名刺を差し出した。
だめ元で正直に事情を話したところ、意外にも好感触だったのだ。こんな若い娘でも事件には興味津々なのだなと尾田切は思った。
「買い物を済ませてからでもいいですか?」
スーパーまで買い物に行くということだった。
「もちろん。荷物はわたしが持つから、遠慮なく買い込んでもらってかまわないよ」
金を出すわけでもないのに調子の良いことを言ってまんまとポルシェに乗り込み、高級スーパーでの買い物に付き添い、また一緒に戻ってきたというわけだ。
「お言葉に甘えて、いつもよりたくさん買ってしまいました」
帰りの道中、ハンドルを握る彼女を横目で盗み見た。半袖のワンピースから伸びる華奢な二の腕は餅のように白くて柔らかそうだった。運転席に座るとスカートの裾があがり、膝上までが露わになっていた。思わず手を伸ばしたくなる衝動を、尾田切はぐっと堪えた。今は仕事をうまく運ぶことが最優先だと。それでも恐らく、京子はそんな尾田切のいやらしい視線を感じ取ってはいただろう。
「記者さんならご存知なんでしょうか。お隣の旦那さん、浮気相手を自宅に連れ込んでいたんですか?」
「あいにく記者ではないんだけどね。でも、その可能性は高いようだ」
町田家で男女の他殺体が発見されたのが今朝のことだ。男は町田家の主人、町田義文だったが、女の方の身元はまだ確認されていない。義文の妻、梗子の所在が分かっておらず、警察は重要参考人として行方を追っているらしい。そんなことを尾田切は簡単に説明した。
「それで奥様が……その、二人を?」
やはり京子も、妻の梗子が夫と浮気相手の女を殺して逃亡したと考えたようだ。
「さあ、そこまでは何とも」
「……馬鹿ですね」
「男はみんな馬鹿なんだよ」
「いえ、そうじゃなくて。奥様、梗子さんの方です。わたし、名前が同じキョウコという縁もあって仲良くしていただいてたんです。とっても良い人で……。だから、そんなことで殺人まで犯さなくていいのにと思ってしまって……」
「まあ、確かに」
「そんな旦那さんなんか放っておいて、自分も浮気してやればいいんですよ。確かに旦那さんが家に浮気相手を連れ込んだのはどうかと思うけど、どうせ浮気なんてみんなやってることなんだから……」
「どうしてそう思う?」
「だって、うちのパパもママもそうだもの。お互い外に恋人を作ってよろしくやってるわ。完全に仮面夫婦なんだから」
「そうなのか」
「二人とも帰りは遅いし、帰って来ないことも多い。家にはほとんどわたし一人です。だから、わたしが男を家に引っ張り込んだとしても、きっと二人とも気づかないわ」
そう言いながら京子が自分に向けた意味ありげな視線を、尾田切は見逃さなかった。
「確かに浮気や不倫なんて珍しいものじゃない。どこにでも転がっているさ。とはいえ、自分のこととなると一般論とはまた別だ。自分のパートナーが浮気をしたら、君だってさすがに許せないだろう?」
「どうでしょう。そもそも、わたしは特定のパートナーなんて作る気はありません。結婚もしたいとは思いませんし」
「それも一つの考え方だな」
「尾田切さんはご結婚なさっているんでしょ?」
京子が左手の指輪を見るのが分かった。
「いちおうね」
「奥様ひとすじなんですか?」
「ノーコメントだ」
京子は軽やかに笑った。
「正直ね。尾田切さん、もてそうだもの。いくらでもお相手は見つかるでしょう」
「もてるかどうかなんて大した問題じゃないよ」
「どういうことですか?」
「人間はね、そもそも一夫一婦制の生き物じゃないんだ。婚姻の制度を法律で決められているだけのことであってね、男と女の本能は法律でなんか縛れない。人間みんな本来は一人の異性にだけ添い遂げるなんてふうにはできていないのに、浮気はだめとか不倫はだめとか、法律上の婚姻制度ができてからの後付けなんだよ。性欲という名の本能を法律という名の理性で無理矢理抑えつけようとしているだけだ。機会は誰にもある。世の中には男と女しかいないんだから。不倫をする人としない人に違いがあるとすれば、そのときに一歩踏み出せるかどうか。それだけだと思うよ」
そんな話をしたあと、京子は黙ってしまい、そのまま車は須堂家の車庫へと戻った。だが、尾田切はこのあとの展開を思い浮かべて欲望を膨らませていた。そして同時に、それはきっと京子も同じはずだという妄想をも。
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