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 寝ていたのに気付いて、少女は顔を上げる。  気のせいか、体が温かった。特に理由もないのに、全身が柔らかい安堵に包まれているような気がする。  ああ、となんとなく気付いた。きっと、彼が来たのだ。でも、帰っていった。なにか事情があって。今はその時ではないと判断して。   涙があふれてきた。けれど今度は、悲しみの涙ではなかった。嬉しくて、どうしようもなく安心するような涙。  同じ気持ちでいてくれたのだ。そして、忘れないでいてくれた。少女のことをきちんと憶えていて、会いに来てくれた。  それだけで十分だ、と思ったその時、ふと、頭の中に声が響いた。  ーー必ず迎えに行くから、待っていろ。  その声を、ついさっき聞いたような気がする。実際に彼の声を聞いたのは一年前なのに。  待ってるよ。  憶えていてくれるなら、こちらも憶えている。待ってるよ、ずっと。  頭上に広がる夏の夜空は、途方もなく広い。けれど、必ず彼がいる場所と繋がっている。だから、大丈夫だ、という気がした。  もしも、本当に人を食い荒らすような恐ろしい鬼がこの世に現れたとしても。その鬼が私のもとに来たとしても、私はあなたとの約束を忘れない。
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