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 はあっと息を吐いてカウンターから身を乗り出し、夜の闇に包まれた無人の街を見回した。静かで、ひとっこひとり出歩いていない。  一年に一度だけある、鬼が出る日。今日がまさにそうだけれど、その夜は、夜歩きをせず家の中で静かに過ごす。  夏の夜に一度だけ現れる鬼は、日本国全土の様々な場所で人を食い殺すらしい。身近に食べられた人がいないから、少女も噂でしか知らないけれど。  ただ、そういった噂を少女が鵜呑みにしたのかといえば、答えは否だ。少女は、この世で鬼本人を除き一人だけ、鬼の正体を知っている。  カウンターに腕を置き、その上に頭を預ける。ゆっくり目を閉じると、懐かしい記憶が蘇ってきた。  隣に並ぶ彼が、少女の前に腕を差し出す。その腕を取って、二人で歩く。彼と少女は素敵な思い出をたくさん築き、そして唐突に引き離された。  もう一度会いたいな。声にならない呟きを漏らし、そしてそっと、眠りの世界の扉に手を当てる。  久しぶりに、昔の夢を見るのだろう、という予感があった。
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