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「す、座って…ください」
思わず声がうわずる。
既に僕は緊張していた。
一世一代のお願い事だ。
これが受け入れられなかったら、もうどうにもならない。断罪されたくないし、家族に迷惑だってかけたくない。
「座る?」
クロードの片眉がピクリと上がった。その動きは彼の不機嫌な気持ちが現れているようで怖かった。
「そ、そうです。座ってください」
「あなたが立っているのに、俺が座るのですか?」
皮肉めいた言い方をされたけど、それは仕方がない。騎士であるクロードに座れという僕は立っているのだから。
「座ってください」
僕はもう一度言った。
しばらくクロードは動かなかったけど、観念したかのようにソファーに腰を下ろしてくれた。
クロードが座って、ソファーが軽く揺れる。
メイドがいれてくれたお茶は既に冷めているだろう。
僕は大きく呼吸をして、クロードとの距離感を測る。前世の記憶で動く訳には行かない。今の自分は百キロはあるデブなのだ。セルフイメージで行動しては怪我をする。
ソファーに座ったクロードが、じっと僕を見る。お茶を飲むつもりは無いようだ。
僕は挑むようにクロードを見て、それから意を決して行動に移した。
「お願いします」
僕は百キロの巨漢を揺らして、ドスンと言う音を立てて土下座をした。
もう、クロードの顔は見えない。
いや、見ちゃいけないんだ。
「お願いします。内緒にして欲しいんです」
額を床に着けたまま口にする。
はっきりいって、百キロの巨大な体で土下座はキツイ。お腹がつかえているというか、とにかく苦しいのだ。体勢が辛い。
けれど、僕はとにかくクロードにお願いを受け入れて貰わないといけないのだ。
クロードの反応が知りたい。けれど、顔を上げる訳には行かない。
「なんの、話だ」
クロードの低い声が頭上から降りてくる。
まるで絞り出すような、低い、低い声だ。
「お願いがあるんです」
僕は額を床に着けたまま言葉を発する。正直、声を出すのがキツイ。お腹が圧迫されて声を出すのも一苦労だ。
「なんのつもりなんだ?何を企んでいる」
クロードの声に、多少の苛立ちを感じる。
分かる。僕はわがままな悪役令息だ。自分のためなら他人を平気で捨て駒のように扱う。王子の婚約者と言う肩書きは、貴族の中ではもはや最上位に当たるわけだ。侯爵も、公爵も目じゃない。何しろ未来の王妃の片道切符なのだから。
「お願いを、聞いていただけますか?」
僕は顔をあげないまま言葉を続ける。
「顔を上げろ、俺は王家に忠誠を誓った騎士だ。いずれ王妃になるお前に頭を下げたまま話をされるのは良くない」
クロードにそう言われて、僕はゆっくりと顔を上げた。随分と長いこと下を向いていたので、ゆっくりと動かないと貧血を起こしてしまう。
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