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クロードの顔が見えないけれど、沈黙が続く。恐らく怖い顔をして考え込んでいるのだろう。王族に忠誠を誓っているのだから、王子の婚約者である僕が首都に帰らない。なんて決意表明は、立場的に宜しくないはずだ。たとえ個人的に僕のことを嫌っていたとしても。
もしかすると、報告案件なのかも知れない。
僕は額を床に着けたまま、クロードの返事を待った。
沈黙が辛い。お腹も苦しい。
「わかった。指導してやろう。ただし、俺はお前に優しくするつもりは無い。それに、何かあればすぐに王家に報告する義務がある」
「ありがとうございます」
僕は顔を上げた。勢いよくっていうのは無理だったけど、それでも割と早く顔は上げられたと思う。
「優しくなんてしないぞ」
クロードが念を押す。
「分かってます。僕の土下座なんかより、王族への忠誠のほうが重いことぐらい。そして、あなたが僕のことを嫌っていることも」
僕は真っ直ぐにクロードを見た。僕の本気を分かってもらうためには、目線をそらす訳にはいかない。人と目を合わせることは慣れていないけれど、こういう時は目線を合わせるべきだろう。
「なぜ、剣をならいたいんだ?」
クロードが、質問をしてきた。
「僕、こんなに太っているでしょう?まずは痩せなくちゃいけないと思うのだけど、ただ痩せるんじゃなくて体も鍛えないといけないと思うんだよね。剣の扱いを全く知らないから、痩せながら剣術も覚えられたら一石二鳥かな、って」
僕の極めて簡単な計画を口にすると、クロードは苦虫をかみ潰したような顔をした。うん、分かる。すっごい気楽に考えたんだもん。でも、この世界は剣はあるけど魔法はない。自分を守るためには剣が使えないとどうしようもないのだ。今は王子の婚約者と言う立場だけど、その肩書きが無くなったら自分の身は自分で守らなくちゃいけなくなる。多分だけど、前世の記憶を取り戻す前の僕の所業で、相当恨まれてると思うんだ。
「剣術よりも先に、体力作りになるかと思うが」
「分かってます。たとえそれだけであなたの教えが終わったとしても構いません」
「わかった。では、明日から指導してやろう」
「ありがとうございます」
僕はもう一度頭を床につけると、ゆっくりと頭を上げて、クロードを見た。
クロードは僕のことを不思議そうに見ていた。
「いい加減、ソファーに座ったらどうだ?」
凄く当たり前のことを言われたんだけど、残念ながらそれは出来ない。なぜなら、長いこと正座をしていたせいで、僕の足は感覚がないのだ。何しろクッソ重たいのだ。痺れているなんて、優しい表現では無理なぐらいの状態だ。下手すりゃ壊死してしまうんじゃないかってぐらい、足首の色が悪い。
僕は立ち上がれないので、体を横に転がした。本当にデブだ。白豚って言うよりトドかセイウチなんじゃないかってぐらいだ。
僕が天井を向いて寝転んだのを見て、クロードはだいぶ驚いている。
「笑っちゃうでしょ?自力で立てないの僕。本当にデブでみっともない……なんで、王子はこんな僕と婚約を続けてるんだろう?」
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