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まさかの、再会。
あの日以来、彼とはこれといった接触がなかった。
というのも、金曜日にシフトに入っていても俺以外のスタッフが彼の会計に入っていたり、大学の試験の関係で休みをもらったりと、彼に接触できる機会が少なかったからでもある。
俺はあの日、彼に掛けられた言葉をいまだに普通のこととして昇華できていなくて、つい、彼が視界に入ればつい、目で追いかけるようになってしまっていた。
だから、気が付いたんだ。
彼はいつも、会計カウンターに置かれた造花を優しい瞳で見つめていることに。
わかったからと言って、よっぽど花が好きなのかと思ったり、それとも彼の職業が花屋なのかと推測したりすることしか、今の俺にはできないから現状、俺がただそう思ってるしかないんだけどね。
そんな日が1か月ほど過ぎたあたりに、俺は彼と思いがけない場所で再会することとなる。
その日は大学も夏休みで、蒸し暑く家のリビングで撮り溜めしていたドラマを見ていたんだ。
今日はシフトも入っていないし、彼女も友達と旅行に行くとかで急な呼び出しに合うこともないし、小言ばかりの母も妹もいない。
ということは、ご飯作りなさいとも言われないし、ご飯くらい炊きなさいとも言われないわけで、憧れの一人暮らし状態だろ、これ。
久しぶりにダラダラもできるし、夏休みって最高だなと浮かれていた俺の耳に不審なバイブ音が聞こえてきた。
どうやらそれは、テーブルに置いた俺の携帯のバイブ音のようで、恐る恐る画面を見てみると母親からの着信だ。
どうせ大した用事じゃないだろと無視していれば家の固定電話が鳴り響いて、こうなると出るまでしつこくかけ続けるのが俺の母親だ。
面倒臭いことになる前にと、鉛のように重たい身体を引きずって電話に出ることにした。
『ごめーん、響。母さん、忘れ物しちゃってね。今から教室に届けて欲しいの。休みのとこ申し訳ないんだけど、お願いできる?』
俺の嫌な予感は見事に的中する。
この時はまた母さんのおっちょこちょいに巻き込まれるのかよ、とうんざりしていた俺だが、後にこのおっちょこちょいに感謝する日が来るなんてこのときの俺はまだ知らない。
最近母さんが通い始めた"フラワーアレンジメント教室 華"でまさかの出会いがあるなんてことは。
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