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母さんの通う教室は、うちの最寄駅から3駅も離れた場所にあった。
面倒臭いが口癖の母さんが、3駅も電車に揺られて毎週通うなんて、珍しい。
どうせ行くからには偵察でもして、妹の音羽に言いつけてやるか。
俺は意味不明に意気込みながら、教室のガラス扉をそっと覗くことにした。
20名ほどの人たちが目の前のカゴみたいなものに花を差し込んでいる。
多分、これが母さんの言っていたフラワーアレンジメントってものらしい。
その間を行き来する若い男性と、40代くらいの女性。
きっとこの教室の先生であるその2人が、アドバイスとかしているのか?
扉の外にいても笑い声が聞こえてくるくらいだから、生徒も先生も人柄が良さそうだ。
だから、余計に入りにくい。
そんな楽しげな場所に、部外者の俺がいきなり入っていったら絶対に注文を浴びるだろうし、何よりあのシーンとした空気感がとてつもなく苦手なんだ、俺は。
でも、俺の母さんという人何かに夢中になると電話なんて気がつかない人だ。
下手したら、教室が終わるまでこのままなんてこともあり得てしまいそうだから怖い。
俺の貴重なバカンスが、こんなところで潰れるなんて!
こうなったら、恥を忍んで扉を開けて一瞬で風のように消えるしかない。
小言は母さんが帰ってきてからたっぷり言わせてもらおう、そう意気込んで勢いよく扉を開けた俺は、素早く手短に要件を伝える。
「すいません、佐野の息子ですが母が忘れ物をしたというので届けにきました。」
早口で言いながら顔を上げると、そこにはまさかのあの彼がいて、ばっちりと目が合ってしまった。
「「あ。」」
「ごめんねー響。あら、先生とお知り合いだったの?」
陽気な母さんの声が俺と彼の間になんとも間抜けに響いていた。
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