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不意の声に思わず愛称で呼び返したら、周りも本人も驚いていた。彼について来た妹のエルゼは信じられないものを見たというように兄の顔を穴が開くほど凝視している。
「本当に恋人でしたのね。お兄様のことだから絶対裏で何か企んでいるのだと思っていましたわ」
エルゼの鋭さに内心ヒヤッとしたが、ザカリーは平然としていた。
「エルゼ、自分の兄を何だと思っているんだ」
「氷壁の策士ですわ。わたし知ってますのよ。お兄様がわたしをどこに嫁がせようとしているのか」
ザカリーは「まだ先のことだよ」と人差し指を唇に当てる。
エルゼは後継者ではないから領内の平民から結婚相手を選ぶ必要はないけれど、クラウス家に生まれた公女の嫁ぎ先は皇家の言いなりだと聞いている。まさかその相手が銀色のオーラを継ぐグブリア帝国の皇太子だとはこの時のわたしは想像もできなかったけれど、それはまた別の話だ。
迎春の宴が終わったあと案内された部屋でぼんやり夜空をながめていると、忍ぶようなノックの音がした。
「はい」
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