ウィリアムズ男爵家の地下牢

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 男の所作はちゃんと執事だけど、男爵を敬っているようには見えなかった。彼の主は目の前にいる魔塔主、男爵は監視対象だ。 「お待たせしました魔塔主様」  屋敷の扉が開き、細身の中年男性が顔を出した。いかにも貴族らしい瀟洒た服を着ているけど、生地が厚ぼったいからかどこか垢抜けない。彼の後ろにはアレン。身に着けたローブの裾には泥が跳ね、顔はかなりお疲れモード。 「男爵、地下牢の鍵を開けてもらえますか?」 「承知しました。こちらへどうぞ」  ウィリアムズ男爵が先を歩き、その手に握られた鍵束がチャランチャランと音を立てる。ノードは歩きながらアレンの報告を受けていた。それに区切りがついたのを見計らい、あたしはノードのローブをさりげなく後ろから引っ張る。 「どうしました?」  ノードは歩調を緩めて隣に並び、イヌエンジュを先に行かせた。 「大したことじゃないんですけど、あの鍵はずっと男爵が持ってるんですか? 八年前から?」 「ええ、そうです。プライドの高い男爵への配慮ですよ。鍵を預かると特別な感じがするでしょう?」  ノードは子どもっぽく笑う。 「そんな理由で鍵を渡して大丈夫なんですか?」 「利点はあります。クラウス領で魔術師の犯罪が起きるとしたら支部所属者の可能性が高い。支部で鍵を管理していたら誰かが逃亡の手助けをするかもしれないでしょう? その点、男爵は支部の魔術師に劣等感と拒絶感を抱いているからその可能性は低い」  ちなみに――と、ノードは声を潜める。 「今回は支部内に共犯者がいると思ったので地下牢を使うことにしたんです。ジギタリスが素直に口を割れば良いのですが」 「あたしを連れてきたのはどうしてですか? ダメって言われると思ったから離れ家に残るつもりでいたのに」 「少々確かめたいことがあって」  耳のいいマリアンナに聞かれたくないのかノードはニコッと笑って答えを濁した。  男爵家本邸裏は倉庫と小屋に囲まれた薄暗い場所だった。小屋の前には見張りがいて、そこが地下牢への入り口だとわかる。  扉は大小二つ。大きい扉の前にはヒョロっと背の高い男がもたれかかっていた。小さい扉は開け放たれ、中にもう一人いる。二人とも馬丁のような質素な格好だ。 「ご苦労」  男爵が声をかけると男二人は姿勢を正してあたしたちを出迎え、そしてノードに向かって頭を下げる。 「ウィローが帰ったあと問題はありませんか? 暴れたりした様子は?」  ノードが問うと、「特に問題はありません」と背の高い男が答えた。 「ただ、めまいが酷いようで、馬車を降りた直後に一度嘔吐しました。牢に入ってからはずっと横になっているようです」 「そうですか」  ノードは同情したのか「ふむ」と腕を組む。  魔力の少ないフェネック獣人のディルでもほんの小さな傷でグッタリしていた。上級魔術師のジギタリスはもっと辛いはずだ。地下牢の環境はきっと劣悪だろうし、放っておいたら病気になりそう。 「とにかく降りてみましょう。男爵、案内はここまでで結構ですから扉を開けてください」 「承知しました」  男爵は大きい扉の南京錠を外し、「どうぞ」とノードに鍵束を差し出した。 「鍵は結構です。話をするだけで牢に入るつもりはありませんし、出る時はまた呼びますので男爵が持っていてください」 「わかりました。ところで魔塔主様。あの男はいつまで地下牢に置いておく予定でしょう? 食事は与えなくてもよろしいですか?」 「明日には帝都に移送する予定です。それまでは誰も入れないようにして、三時間おきに男爵が様子を確認してください。食欲はないと思いますが、要求があれば与えて構いません。その際は男爵が補助し、拘束は解かないように」
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