ウィリアムズ男爵家の地下牢

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「……承知しました」  返事までにわずかに間があった。プライドの高い男が囚人の食事補助だなんて、皿を地面にぶちまけて勝手に食べろとでも言いそうだ。男爵は不平を表情には出さず、アレンを連れて屋敷に戻っていった。 「あー、やっといなくなった」  女性の声に振り返ると、エリがいつの間にか紫蘭騎士の姿になっていた。驚く見張りを無視し、彼女はポケットから青色のマナ石を取り出す。 「魔塔主様、ウィローさんがこれを」 「ああ、これは」  ノードが口元を綻ばせてマナ石を受け取る。石はぼんやり光を帯び、「それは?」とイヌエンジュが聞いた。 「ウィローからわたし宛ての伝言です。ここに字が浮かんでいるのですが、みなさんには見えないでしょう?」  ノードは宙空に指でクルクルと円を描くけど、魔術師のイヌエンジュも首をひねっている。 「これはウィローが初代支部長になった時に渡した簡易通信具です。直接話すことが多く、使わないうちに忘れていました」 「ノード、伝言は何て書いてあるんですか?」 「それはまた後で」 「じゃあ、ウィローが初代ならアルストロメリアは何代目なの?」  うっかりタメ口が出たけどノードは気にしていないようだった。あたしが皇女だってことはジギタリスにバレなければいいのかもしれない。  「アルストロメリアは二代目です。ウィローはこの春までの支部長で、年齢を理由に引退したいと言ってきたのですが支部長を辞める代わり跡地責任者をお願いしたんです。彼にはもう少しがんばってもらわないと」 「信頼してるんですね」 「七十年近い付き合いです」ノードは感慨深そうに口にする。 「雑談はこれくらいにしましょう。エリ殿とトッツィ卿はここで待っていてください。ナリッサ様にはわたしがついているのでご心配なく」  ノードが扉を押し開けると石段が地下へと続いていた。左に緩くカーブした階段。足元はマナ石ランプで照らされ、土がむき出しになった壁は魔術で強化されている。  ノード、あたし、イヌエンジュの順で降りていくと、じきに地階にたどり着いた。幅二メートルほどの通路の左右にボコボコと洞穴が掘られ、それぞれ鉄格子で塞がれている。ずいぶん原始的な造りの地下牢だ。  空の牢を四つやりすごし、通路の終わりに差しかかったときクッと気怠げな笑い声がした。最奥の牢からだ。 「魔力感知できなくても足音でわかるもんだな。魔塔主とイヌエンジュだろう? もう一人は……女か?」  ジギタリスは手を後ろで縛られた状態で(むしろ)に寝転がり、足につけられた鎖は鉄格子と繋がっていた。土の匂いに混じってかすかに饐えた匂いがする。 「思ったより元気そうですね」  ノードが鉄格子を握ると天井のマナ石ランプが明るさを増し、ジギタリスは眩しそうに目をすがめた。  南京錠は世界樹跡地の中央ドームみたいに属性の暗証番号があるらしく、ノードは無言で魔力を注いでいる。鍵がなくても開けられるなら男爵の持ってる鍵は本当にただのお飾りだ。 「イヌエンジュはそこで待機してください。あなたはわたしと一緒に中へ」  ノードは牢に入る前、あたしの耳元で「彼の傷に触れてみてください」と囁いた。ジギタリスの左頬の傷は五センチほど、黒い靄がうっすらまとわりついている。どうやらノードが確認したかったのはあたしの浄化力のようだ。 「この体に影響はないですか?」 「集まった魔力で闇属性魔力は薄まっているようです。問題ないでしょう」 「どうせなら集まった魔力をリサイクルできればいいのにね」 「それはいい考えですね。イヌエンジュにぜひ研究してもらいましょう。ですが、封印結界の影響か思ったほど魔力が集まっていません。これもあわせて研究が必要なようです」 「おまえら……」  ヒソヒソ話が聞こえていたらしく、ジギタリスは何か言おうとしたけど途中で止めた。かなりしんどいのか、そのまま無防備に目を閉じる。 「今のうちに」  ノードに促され、あたしはしゃがみこんで頬の傷に指先を近づけた。ディルの時のようにサアッと闇属性魔力が消え、その瞬間ジギタリスがパチッと目を開ける。 「おまえ、何をした?」  拘束されてるにも関わらずムクッと起き上がり、驚いて仰け反ったあたしをノードが後ろから抱きとめる。――と同時にジギタリスとノードの詠唱が聞こえ、目の前に八つの魔法陣が展開された。すべてノードが構築したものだ。  
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