ウィリアムズ男爵家の地下牢

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「ゼンは怪し過ぎますね。もしかしてサーカス公演でも魔術を使ってたんですか?」 「まさか! ……あ、帝都公演では演出にちょっと使ったけど、それ以外は魔法具を開発してただけだよ」 「魔獣を操ったりは?」 「マリー嬢、それは無理です」  床で肉を食んでいたコトラが顔を上げた。 「ゼンは魔力を使うとすぐ鼻血を出して倒れます。魔力は低級魔術師以下と思ってください。さっきの花びらのような火炎魔法も、魔力使用量を抑えながら見た目の華やかさでハッタリをかますためのものです」 「なるほど、ハッタリはゼンの十八番ですからね」  危機感のないやりとりにノードの表情が緩んだようだった。  ジゼルはソーセージの皿に身を乗り出し、全部食べ尽くしそうな勢い。その子猫の首根っこをノードが掴み、自分の膝の上に乗せた。白猫はケフッとゲップをして仰向けになる。どれだけ食べたのかお腹はポンポコリンだ。 「ナリッサ様もトッツィ卿も、なくならないうちにいただきましょう」 「フンッ、魔塔主と一緒に料理を囲むというのも珍しいな」  なでなでされて顔はとろけているのにジゼルの口調は相変わらず。 「このあと先送りにしてきた重要案件に手をつけようと思いまして、その前の腹ごしらえです。ゼン、食後に手を貸してください」  ゼンがチラッとあたしを見る。 「皇女様の魔力安定化ですね」 「そうです。ナリッサ様もそのおつもりで、しっかり2番地の料理を堪能してくださいね」 「……はい」  つい失敗したときのことばかり考えていたけど、ピアス修復が上手くいって元通りになったら食事も睡眠も規則正しい生活もおしまいだ。食事は魔力付与すれば食べれなくないけど、こんなふうにみんなで食卓を囲む機会はない。  根菜たっぷりのクリームスープも、柔らかく煮込んだ猪肉も、甘~くとろけるプリンも全部最高だった。しかもプリン✕魔塔主という滅多に見れないお宝ショットにテンションがあがる。このあとのピアス修復もきっと上手くいくに違いない。 「さっきノスリが飛んでいたぞ。こんな時間にフラフラしてるなんて、旦那がまだクラウス邸から戻っていないのか?」  ジゼルは窓辺で空を眺めていた。ノードがスプーンを持ったまま、日が暮れて真っ暗になった窓に目をやる。   「カレン殿はザカリーが寄こした見張りです。わたしが監視を頼みました」 「監視というのは地下牢か?」 「地下牢に近づこうとする者と、地下牢の鍵を管理しているウィリアムズ男爵邸に出入りした者を」 「魔塔主は男爵に地下牢への出入りを許可したと言っていたが、信用できる男なのか?」 「ジギタリスに何かあれば責任を問われるのは牢番の男爵です。爵位に執着して魔塔入りを拒絶した男が、失態を犯して爵位も体面を失うようなことはしないでしょう」  ノードは最後のひとくちを頬張ると、「とは言え」と椅子から立ち上がった。 「不測の事態が起こらないとも限りません。皇女殿下、そろそろ始めましょう」  ノードはあたしの手をとって優しくほほ笑む。ドクンと心臓が鳴り、ナリッサも緊張したのがわかった。  
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