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これは違うな。
見知らぬ部屋、荒い呼吸の僕は思う。
ありがちな6帖のワンルームで、部屋の火照りを追い出そうとエアコンはずっとうなりをあげている。
シングルベッドの横にはおもちゃみたいな白いテーブル。その上には飲みかけの甘ったるい缶チューハイが二本、置きっぱなしのままだ。
思っていたのと違う。
何を思っていたかと聞かれたら、別に明確な答えはないのだけれど。
だってこうなったのは、まるっきり偶然でしかないし、不測の事態にいちいち理由をくっつけるほど、僕は退屈な人間じゃない。
とどのつまり、僕があそこへ行ったのは単なる思い付きで、何の因果かそこへ彼女がいたというだけの話だ。
すれ違いざま、先に気がついたのは彼女の方だった。
「久しぶりだね」
そう言った彼女は海老茶色の地に白いシャクヤクの模様の浴衣を着て、やけにはっきりしたターコイズブルーの帯を締めていた。
「なんか、すっごい背、伸びてない?」
こちらを見あげて、親しげに笑う。
そう言う彼女もまた、あの頃とは変わっていた。
小さなそばかすのある健やかな肌をしていたのに、今の彼女は化粧ですべてを白く塗りつぶしている。まつげだって不自然なくらい長い。
彼女はこのひどく混雑する花火大会に、大学のサークル仲間と来ていた。
僕はひとりだったが、本質は似たようなものだ。せっかく上京してるんだし都会の花火大会というものでも見てみようと、柄にもなくノコノコやって来たのだ。
「知り合い?」
「うん、地元の友達」
サークル仲間に彼女は言う。
友達。
実によけいな具合に、その言葉は僕の胸にひっかかる。
僕と彼女は友達なのだろうか。
僕らはもう五年近く連絡を取っていなかったし、僕は彼女が上京していたことさえ知らなかった。友達だったら、そういうことはない気がする。
けれど彼女がほかにどう僕のことを説明すれば満足したのかは自分自身でもわからない。
五年前、僕らはほんのわずかな間だけ、恋人同士だった。彼女はそれを恥じているのかもしれない。あの頃の僕らはやたらセンシティブなだけで、愛どころか、恋さえよくわかっていなかったから。
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