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第1戦:私に××兄弟がいた件について
話は数十分前まで遡る。その時のなにも知らなかった私は、普通の一軒家にしては大きな、『天正』と書かれた表札が掲げられた家の前にスーツケースを持って立っていた。
今年の春、私が高校に進学しようとしていた頃、お母さんが病気で亡くなった。温かな陽気に包まれた、とても穏やかな日だった。
私にお父さんはいない。お母さんの話によると、お父さんは大の浮気性で。お父さんはお母さんと私のことを捨てて、行方知らずになったそうだ。
だから私はお母さんと二人で生きてきた。お父さんの名前も顔も一切知らない。いくら訊いても、お母さんが最期まで教えてくれなかったから。
だけど、お母さんが亡くなって悲しみに暮れていた、そんな時だ。お父さんの知り合いだという人が私の前に現れた。そして、その人は言った。「父親に会いたくはないか──?」と。
それで私は今、その人──天羽さんから教えられた、お父さんがいるという家の前に立っている。
私はずっと探してた。お母さんには内緒で、お母さんと私を捨てたお父さんのことを。だけど手がかり一つ見つけられなかった。
なのに、お母さんが亡くなってから分かって。悔しいけど、それでもやっと見つけた。
お父さんに会ったら、言いたいことが山ほどあった。どうしてお母さんを捨てたの? お母さんのこと、愛してなかったの?
他にもたくさん。それから、……とりあえず一発殴らせて──!
私は、どくどくと勝手に高まる心臓を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。落ち着け、私。大丈夫、大丈夫だから。
「よし!」と小さく意気込むと、震える指先をどうにか動かしてチャイムを鳴らそうと腕を伸ばした。だけど、せっかくの決意を打ち壊すよう、いとも簡単にガチャリと内側から扉が開かれて──。
「なんだ、来てるじゃねえか」
ひょいと開かれた扉から顔をのぞかせたのは、大きな瞳にすっきりとした鼻筋をしたイケメンだった。
この人、誰だろう。お父さん……じゃないよね? 若過ぎるもの。私より少し年上くらいかな。
突然のイケメンとの対面にすっかり固まってしまう。だけどイケメンは、にかっと爽やかな笑みを浮かべ、
「遅いから迷子になってるんじゃないかって心配したんだぞ。ほら、早く入れよ」
そう言って私の腕をつかむと、家の中へと引っ張り込んだ。
「あ、あの! 私、天羽さんから紹介されて来たのですが……」
「ああ。話は天羽のじいさんから聞いてるよ」
謎のイケメンは、私を置き去りに玄関脇の大きな部屋に入る。そこはリビングのようで、大きなテレビにテーブル、それからソファーが置かれていた。
私はイケメンに言われるがまま、ソファーに座り込んだ。リビングの奥にはキッチンがあって、イケメンはそこに向かって、
「藤助、牡丹が来たぞー!」
と声をかけた。
「梅吉ってば、静かに扉を開けなよ。壊れちゃうだろう。がさつなんだから」
ひょいとキッチンから現れたのは、これまたイケメンで。ふんわりとした短髪に子犬のような円らな瞳をした優しそうな人だ。
藤助と呼ばれたイケメンは、案内してくれた梅吉という人を叱りながらお盆を持って出て来た。
藤助さんはテーブルの傍まで来ると、ことんと私の前にグラスを置いた。
「緑茶だけど平気?」
「はい。ありがとうございます」
「牡丹ってば堅いなあ。これから一緒に暮らすんだ、気楽にしろよ。そんなんだと肩がこっちまうぞ」
「へっ、一緒に暮らす?」
えーと、聞き間違いかな。梅吉さん、なんて言ったんだろう。
聞き返そうか悩んでいると梅吉さんはさらに、
「それにしても。まだ手を出した女がいたんだな、俺達の親父。どんな子が来るのかと思ってたけど、なかなかかわいいじゃん」
「ちょっと、梅吉、手なんか出さないでよ」
「はい、はい、分かってるって。大体、妹に手を出さないといけないほど、女の子に困ってませんよーだ!」
妹……? 妹って、私のこと……?
聞こえてきた不可思議な単語の数々に、ゆっくりと頭の中を整理していく。だけど全然理解できない。
「一緒に暮らす? まだ手を出した女がいた? 俺達の親父? 妹って……」
結局、散々考えたのに、私の口からは覚えたての言葉をなんでも口にする子どもみたいな、片言な単語しか出てこなかった。
梅吉さんと藤助さんは互いの顔を見合わせて、それから視線を私に戻した。
「天羽のじいさんから聞いてないのか?」
小さくうなずくと、二人もそろって首を傾げさせる。
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