ニアリーイコール、ノットイコール

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ニアリーイコール、ノットイコール

バイクで単独事故をした。 幸い、命には別状はなかったのだが、リハビリが必要となった。 入院して一週間。そろそろリハビリ始めようね、と主治医に言われ、北棟にあるリハビリ室へ向かう。 部屋に入ると、年配の患者が多くいた。若い患者が少しだけ。その中で白衣を着て、患者の足をさすっている男がいた。俺の付き添いの看護士が近寄り話しかける。 「先生、今日からリハビリ開始の曽我(そが)さんです」 「ああ、はいはい」 先生と呼ばれた男は足をゆっくりおろし、患者に挨拶してこちらを向く。 すると… 「…曽我?」 「た、立花!」 男の顔に見覚えがあった。高校生のクラスメイト、立花慎介(たちばなしんすけ)だ。 *** 立花は大人しいやつだった。クラスの中心で、馬鹿騒ぎしていた俺と違って、休憩中には一人、本を読んでいた。かといって皆に嫌われたりしていたわけではない。近寄りにくい存在だったのだ。それは立花が整った顔をしていて、大人なオーラを醸し出していたからだろう。 俺はなんとなく、その雰囲気が気に食わなくて、よくちょっかいを出していた。そしてある日、ほんの少しだけ魔が刺した。 立花を体育館の倉庫に閉じ込めのだ。いや、ボールを片づけに行った立花の後を追い、俺も倉庫に入って内鍵をかけた。 体育委員長の俺はスペアキーを持っていたから。 慌てることもなく、睨みつける立花に俺は優越感を覚えた。 『何がしたい?』 『別に〜。いつもヨユーたっぷりな立花くんのポーカーフェイスを崩してみたいだけさ』 壁にもたれかかって立っている立花に擦り寄り、白い太ももに触れた。 『どうなるのかな』 男子高校生なんて、アレばかり考えてるようなもので。俺もほぼ毎日、抜いていた。ある日、AVを観ていたら女の子が誰かに似ていると思った。喘いでばかりで萎えそうなほど演技が下手くそな子だったけど、その顔が立花であることに気づき、俺は立花の顔が頭から離れられなくなってその日からオカズが立花になっていた。 どんな顔をするのか、なんとなく確かめてみたかったんだ。 鼠蹊部に手を這わせても、体操服を捲し上げても、立花は抵抗らしい抵抗をしなかった。 『…お前こんなときでも動揺しないの』 『曽我が気持ちよくしてくれるなら、別にいい』 意外な言葉に、笑ってしまった。なんだよコイツ、そういうやつなのか。 『んじゃ楽しもうぜ』 その日から立花と俺は、放課後に抜き合いをする仲になったのだ。 *** 「結構、派手に事故したんだな」 ゆっくりとストレッチも兼ねて、俺の体を伸ばす立花。ずっと寝てたから、体が凝り固まっていた。少し痛いけれど、伸ばされると気持ちいい。 「ツーリングしてたら、ガードレール向こうの森から狸が飛び出してきてさ。避けようとしたら転倒してこのザマよ」 人のいない場所で事故をし、スマホが壊れたため自分で通報できなかった。たまたま見つけてもらったのは、一時間後だった。たいした怪我はしていないと分かっていたけど、見つけてもらうまでの恐怖はもう味わいたくない。 「そうか、これくらいの怪我でよかったな」 ふっと優しく笑う立花。そういえば、高校生の頃よりも表情豊かだ。 こういう仕事なら、ポーカーフェイスじゃいられないもんな。 「あのさ、立花…」 話しかけた瞬間、脚に激痛が走る。 「いってぇぇぇ!」 思わず出した大声に、周りの患者や看護士たちがなんだなんだとこちらを見た。 「ここ固まってるな。あとこっちも」 「離せってば!」 ぎゃあぎゃあ文句を言っていると、苦笑いした年配の男性に『あんたぁ、我慢せんと治らんよ』嗜められる始末。 うう、とぐっと我慢すると立花は少し笑って、脚をさすってくれていた。 その日から毎日二時間、リハビリの時間があてがわれた。優しく揉んでくれたりすることもあるが、基本的に痛くて厳しいリハビリだ。リハビリってこんなに辛いものか?まわりの患者はそんなに痛がってないのに。 病室に戻ると、やることがないので立花に教わった運動をしていた。すると、ノックの音がして、引き戸から人が入ってくる。 「よお、大丈夫かあ?」 入ってきたのは友人の田原だ。見舞いに来てくれたらしい。暇を持て余していた俺にとってありがたい来訪だ。 色々話をしているうちに、立花のことを思い出し、田原に話した。田原も高校で同じクラスだったから立花を知っているのだ。 「ああ、いたね。お前と立花、仲良かったのに卒業して繋がってなかったのか。意外だな」 「高校のクラスメイトなんてそんなもんだろ。お前は実家が近いから、いまだに付き合いあるけど」 「まあな」 田原に仲良かったように見られていたのが、意外だった。俺らは話はすることはあっても、別につるんだり遊びに行ったりすることはなかったからだ。立花とは、ただ抜きあいをしていただけ。そう、なんとなく。 *** 固まっていた箇所がだいぶ柔らかくなり、歩行にも支障がでなくなってきた。 「これならあと少しでリハビリもいらなくなるな」 立花はカルテに何やら書き込みしながら、教えてくれた。 「辛いリハビリを耐えてきた甲斐があったよ」 俺が脚をさすりながらそう言うと、苦笑いしていた。 「そう言えば立花は同級生に連絡したりしてんの?」 「いや、あまりしてないな。クラスメイトなんて連絡しないだろ」 「だよな。いや、この前、田原がきたんだけど、俺とお前が連絡先知らないことにびっくりしてたから。仲良かったのにって」 「仲良かった?俺らが?」 カルテをテーブルに置き、俺を見る立花。やはり立花も『仲がいい』に違和感があるようだ。 無言でお互い顔を見ているうちに、当時のことを思い出してくる。 立花の意外に大きな手。その手が俺のアレに触れてきて、扱く。それが気持ちよくて、癖になっていった。誰もいない体育館の倉庫や屋上。場所はいろいろ変えながら。お互いのを合わせて一緒に触れたり、気が向いたときは咥えたり咥えられたり。 普段あまり喋らない立花の口から漏れる、小さな甘い声に俺は興奮していた。 「曽我」 名前を呼ばれ、過去から今に戻る。 「完治したら飯でも行こうか」 それから数週間して、リハビリは終わり入院生活も終わった。完璧なリハビリのおかげで以前の生活と何ら変わりはない。 あの日『我慢せんと治らんよ』と話しかけてくれた男性は、よく頑張ったなと祝いの声をかけてくれた。俺は照れながら、礼を言った。 そして今、俺の手元には立花の携帯番号が書かれたメモがある。 なんとなく、電話した。 *** 「お前、レバー嫌いって言ってなかった?」 ニラレバを注文した立花にそう言うと、驚いた顔を見せた。 「確かに嫌いだったんだけど、大人になったら好きになるものってあるだろ。俺はそれがレバーだったんだ」 俺の嫌いなものをよく覚えてたなあと立花。確かそのようなことを屋上で言っていたのを、ふと思い出したのだ。 「そっか。俺は椎茸かなあ」 分かる、と立花と笑い合う。傍らには焼酎の入ったコップ。 まさか立花とこうして飯を食べることになるなんて、事故をする前には微塵も思わなかった。 「あのう、ラストオーダーの時間なんですが」 店員がそう言ってきて腕時計を見る。もういい時間になっていた。そろそろお開きにするかとお互い席を立つ。 店を出て、戸を閉める。なんとなく見上げた空には綺麗な星が輝いていた。ネオン街だというのに頑張って輝いている。 あれはカシオペア座だな、と立花が隣で同じように空を見上げて言う。 「こう見えて星には詳しいんだぜ」 「へぇ」 俺は立花のことは何も知らない。 ニラレバが好きだとか 星が好きだとか 高校生のときのあの立花しか知らないことが なんとなく悔しくなった。 お開きにするかと俺が呟くと、立花は無言で頷いた。 それも、なんとなく、腹が立った。 …違う。なんとなくじゃない。 「立花」 俺は意志を持って立花の手首を掴んだ。ピリッと背筋が伸びる。 立花は驚いた顔をするものの、手を振り解かない。 そのまま俺は立花を引っ張り、歩いた。 ビルとビルの合間、人目のつかないところまで早足して、ようやく手を離した。立花は何も言わない。ただ俺を見ていた。 「…何がしたい?」 立花を体育館の倉庫に閉じ込めた時と同じ言葉を投げかけてきた。 答えはきっと同じなのだろう。 俺は答えずに顎を上げて、立花の顔を少し上に向けそのままキスをする。 あんなにいつも触れ合ったのに、キスは初めてだった。 なんとなくじゃない。 電話したのも、知らない立花にいることが悔しかったのも。お開きにしようと帰ろうとしたのが腹が立ったのも。 答えはわかっているけど、もういい歳だから、素直に言えない。 「あの頃の続きをしようぜ」 口を離してそう言うと、立花は満足そうな顔をして頷いた。 *** 男同士でも入れるホテルで、体を重ねる。立花は意外にも筋肉質な体つき。対して俺はあまり鍛えていないから正直見せたくなかった。だけど立花は俺の体を舐めるようにみて、触れてきた。 一番初めに触れたのは脚。もう不自由ない脚だが傷跡は残っていて、その跡を手で撫でていた。それは愛撫ではなくて優しい先生の手だ。 「リハビリありがとうな」 照れ臭くて言えなかった言葉。なにもラブホで言わなくても、と自分でも思ったが立花は優しく微笑んだ。 「よく頑張ったよ」 そういうと、傷跡にキスをした。 キスをしながらお互いの体を弄り合う。反応して反り返っているモノを重ね、昔みたいに一緒に扱いて抜いた。久々の感触にすぐイッてしまった。 「なあ、どっちが挿れる?」 俺がそう言うと、立花は耳元で囁いた。 「俺が挿れる。お前さっきから尻突き出してエロいもん」 何だそりゃ、と苦笑する。ずいぶんと積極的な立花に少し驚きながら俺は頷いた。 「ひ…あっ!も、ダメってぇ!」 四つん這いになった俺の後ろから、立花は執拗に腰を動かす。俺はもう三度目の頂点に達しようとしていた。奥まで容赦なく突きながら、背中をぺろっと舐める。 「ンンっ!」 ゾクゾクっと体が震える。 「まだ、大丈夫だろ、曽我」 「あ、あんっ!んっ、ンンッ!」 視界が掠れてしまうくらいの快感に、俺は声を抑える術がなかった。 コトが終わり、痛む腰をさすりながら隣で電子タバコを咥える立花に抗議する。 「お前何回ヤれば気が済むんだよ…この年で四回とかアホか」 「少し体力があるだけさ。曽我は体力つけるべきだな」 「ぐっ…」 こんなに痛めつけられたセックスは初めてだ。痛めつけられるっていっても…まあ気持ちよかったんだけど。 俺の知らない立花をもう一つ見つけてしまった。 こいつはSなんだろうな。 そう思ってふと、気づく。 「…もしかしてリハビリのとき、俺だけ力入れてた?」 他の患者は全く痛がってなかったのに、俺だけ騒いでいたことを思い出した。立花はフッと笑う。 「そんなわけないだろ。俺は優しい先生だよ」 グッと力を入れて脚を掴まれ、俺はまたぎゃあ!と声を出す。 「イッテェ!ばかっ!」 高校生のとき、立花を好きだったのかと言われたら、分からないと答えるだろう。抜き合いしたのはもしかしたら本当にただの好奇心だったのかもしれない。 ただ、偶然再会した立花に惹かれていったのは事実。恐らく俺はその辺りから気にしていたんだ。 なんとなく、じゃなくて好きだから。 もっと立花のことを知りたくてもっと一緒にいたいと思った。 「素直じゃないな、高校のときから俺を気になってたんなら元々好きだったんだろ」 「…うるさいっ」 【了】
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