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「勘違いですよ」
口を付けていたカップをテーブルに置いて、彼は言った。
私は彼の隣に立っているので中身がよく見える。品の良いデザインの容器の中で、黒い液体が波打った。コーヒーだ。途端に立ち昇る湯気に苦味を感じる。もちろん湯気は無味無臭なので、私の錯覚だ。
カップが置かれた白いテーブルは木製で、レースの布がかけられている。大きな窓のカーテンもレースで、部屋全体が白で統一されていた。
壁も白ければ天井も白。キャビネットやクッションに至るまで全て白だった。真っ白い部屋に午後の日差しが入り込んで、眩しいくらいである。
この清潔感のある白一色の部屋に、けれど私は気持ち悪さを抱いていた。白で塗り固められたその神経質さに、何だか病室を連想してしまうのだ。
棚やキャビネットに飾られている花のお陰で多少は緩和されているが、花の芳香に紛れて薬品の匂いが漂ってくる妄想をしてしまう。
彼は濡れた唇を舐めるともう一度、勘違いですよと繰り返した。
「未世子は行方不明になんて、なっていません。彼女がいなくなったら、すぐに分かります。恋人なんですから」
不思議そうに首を傾げる。何でそんな事を聞くのか分からない、といった顔だ。
未世子。
それは私の名前である。
私も自分が行方不明扱いになっているなんて、知らなかった。誰が捜索願いを出したのだろう。
「鶴城智さん」
彼の正面に座っている男性が口を開いた。
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