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ある夏の寝苦しい夜。僕は家の外から聞こえる音で目を覚ました。
音の正体を確かめるためにそっと窓から外を見る。
友人が死体を埋めていた。
「何してんの瞬。」
外に出て話しかける。特に驚く素振りもせずに瞬は答えた。
「埋めてる。死体を。」
そんなの見ればわかる。黙々と死体を埋め続ける友人に。誰のことを殺してしまったのかと尋ねれば、瞬はその手を止めて静かにその時のことを話し始めた。
「義理の親父が、俺に変に気を遣ってずっと話しかけてきたんだ。最初はそのまま聞き流してたんだけど、段々声聞いてるだけでも、うざくなって来て。そんで突き飛ばしたら当たり所が悪かったみたいで、それで。」
あー。と思わず声を漏らす。土日にテレビでやってるドラマって大体こんな感じだよなとか思いながら、友人がまた死体に土を被せ始める様子をぼーっと眺めていた。
母親は。そう聞くと夜勤。とだけ返してくる。
友人が人を殺したという明らかに恐ろしい状況でもなぜか怖くもなんともなかった。むしろわくわくしている自分がいた。
「お前これからどうすんの。さすがに見つかるのも時間の問題だろ。」
ふと気になって聞いてみる。そう聞くと瞬はほんの少しの間だけ休憩というようにまた手を止めて考え出した。
しばらく考えた後、ぱっとこちらを向いて
「お前、俺に誘拐される気ない?」
と言い放った。
誘拐って言っても逃げ回りながら観光するだけだけど、どうよ。といつの間にか死体を埋め終えていたようで僕の目を見ながら訊いてくる。
誘拐。
女性や子供を連れ去って金品を要求するあの誘拐。犯人が自ら誘ってくるのは初めて聞いたが。
普通に考えて僕がここですべき行動は友人を警察に通報することだろう。ただどうも僕は夏の暑さとこの非現実な状況に頭をやられてしまったらしい。
「いいよ。誘拐されても。」
僕の口から出たのは肯定の言葉。
僕らはこの瞬間から友人ではなく、誘拐犯と人質になった。
「誘拐にも色々準備が必要だな。」
そういって準備させられたものは着替えとあるだけのお金だけだった。他は全部瞬が用意してくれた。本人曰く人質は丁寧に扱いたいらしい。
まず僕は靴を履き替えさせられた。誘拐されたのに普段使いの靴が玄関にないのはおかしいから。次に部屋着を荷物に詰めた。部屋着が見つかると大変だからどこかで捨てていこうという話になった。
あとはスマホを追跡されないように電源を切って準備は完了。
深夜三時、行先も決まっていない僕らの逃避行が始まった。
とりあえず僕らは駅に向かった。路線図を見て二人で唸る。
「夏だし海にいこうよ。」
「海って人大量に来るじゃん。見つかりそう。」
「木を隠すなら森の中って言うでしょ。」
それもそうだな。と、どうやら納得してくれた様子。券売機で瞬が切符を買って来て手渡してくれる。
改札に切符を通して電車に乗り込む。始発電車なんて初めての経験で二人ともテンションが上がっていた。
「瞬さ、ちょっとスッキリしてるでしょ。」
「今すっげー吹っ切れた感じする。邪魔なもの全部捨ててきた感じ。」
そう言う瞬の表情はどこか安心したような表情で。僕もなんだか今までの緊張が解けてしまった。
「別にこんなことしたって親父は帰ってきてくれないのにな。」
目を閉じてそう呟く声はとても小さく、彼もそのまま一緒に消えてしまうんじゃないかと怖くなった。なぜだか彼を見ていられなくなって僕も目を閉じた。夜からずっと起きていたせいか僕は襲い掛かってくる眠気に耐えられなかった。
夢を見た。瞬が泣いている夢。泣きながら歩き回って親父さんのことを探していた。僕はそれをただ見ているだけ。それがなんだか悔しくて、苦しくて、胸が苦しくなった。呼吸もきつくなってきたその瞬間に目を覚ました。どうやら目的の駅の一つ前らしい。
横を見れば瞬がくかーっと寝ていて、よかったどこにも行っていなくてと安心する。もう少ししたら起こしてやろうと思いながら、僕は瞬の家族について思い出していた。
瞬の親父さんは僕らが小学生のころに亡くなった。刑事だった瞬の親父さんは追いかけていた事件の犯人に殺されてしまった。犯人は無事に捕まったが瞬の親父さんは帰らぬ人となってしまった。
即死だったらしい。
瞬はずっと家で帰って来ない父親を待っていた。
何時間も一人で。
そんな事件から時間がたたないうちに瞬の母親は新しい男の人を連れてきた。あまりの速さに近所でもしばらくよくないうわさがたくさん流れた。その言葉の暴力が瞬に向くことだってもちろんあった。
それでも瞬は明るい好青年であり続けた。
僕は無理に笑っているとわかってしまったけれど。
瞬の母親が連れてきた男の人は別に悪い人ではなかった。親父さんを亡くしたばかりの瞬を元気づけようとしていたし、仲良くなろうともしていた。それでも。
瞬は絶対に義理の親父さんに心を開かなかった。
最期までその心の距離が埋まることはなかった。
「次は終点、終点です。」
アナウンスが僕ら以外誰も居ない電車の中に響き渡る。
「瞬、起きて。着いた。」
ゆすってもううーんと唸るばかりで起きないので鼻をつまんでやった。
「んがっ。なにすんだよ、俺を殺して帰る気か。」
「そんなわけないだろ、ほら早く荷物持って。終点だよ。」
あくびをしながら電車を降りる瞬。僕もそれに続いて電車を降りた。
切符をまた改札に通してやる。帰りの切符は用意していない。誘拐犯とその人質の僕らに帰る場所などないのだから。
そうして僕らは誘拐生活をする町に降り立った。
町に着いたのは八時頃。スマホが使えない僕らは駅のテレビで情報収集をする。さすがにまだ見つかっていないようで、テレビはつまらない国際ニュースと天気予報ぐらいしかやっていなかった。しばらくテレビを眺めていると横からぐう~っと結構大きめな腹の音
が聞こえた。
「… 腹減らね?」
さすがに恥ずかしかったようで目をそらして聞いてきた。なんだか珍しいものを見れた気がしてうれしくなった。と、その時僕の腹からも同じような音がした。その音を聞いて瞬は勢いよく立ち上がった。
「よし決定、飯食お!」
そういって観光案内版を見始めた。店が開くにはちょっと早いような気がするが探して歩けばまあちょうどいいか。僕も瞬の横に立っていい感じの店を探す。当然というかなんというか海鮮系の料理を提供している店が多いようだ。どこにしようかと悩んでいればご自
由にお取りくださいという字が目に留まる。子供が描いたであろうそのチラシは夏祭りの案内だった。
どうやら明日の夜七時からこの町では夏祭りを行うようだ。
「この店よさそうじゃね?距離も悪くないし。ん、何見てんの?」
「夏祭りやるんだって。僕らの町じゃこんなのなかったしちょっと
気にならない?」
チラシを瞬にも見せてやる。すると瞬は目を一瞬で輝かせて、ある一点を指差した。
「おい!めっちゃでかい花火やるらしいぞ!これ行こうぜ!」
「ほんとだ。せっかくだし見に行こうか。」
「おう!最後くらい綺麗なもんみて終わりてえしな!」
最後。
そういわれた瞬間僕らに帰る場所はないのだと再認識する。
そう思ったら、なんだかこの逃避行自体が瞬との別れの儀式のような気がして寂しくなってくる。
「そんな顔すんなよ。俺は確かにもう戻れないけど、お前がついてきてくれたから今ここにいるんだ。」
そう言って瞬は僕の手を取った。
「さ、飯食って気分転換しようぜ!まだ時間はたっぷりあるんだしさ!」
「… そうだね。行こうか。」
僕らは炎天下の中、二人で歩き始めた。
ご飯を食べて、それから海にも遊びに行って。そこまではよかった。
僕らが困ったもの、それは宿泊場所だった。観光シーズンの今、予約なしで泊まれる場所などほとんどなく、探しに探し回って見つけたのはいわゆるそういうホテルで。
「なあ瞬。僕人質になるとは言ったけどさ、こういう関係の隠語だとは思ってなかったよ。」
「ちっげーよ!勘違いすんなって!おまえそんな冗談言うタイプだったか!?」
慌てふためく瞬に冗談だよと言ってそっと中を覗いてみる。受付と思われる場所はどうやらお互いに顔は見えないようになっているようだ。ここなら例えニュースで顔が報道されてもすぐにばれることはないのでは。
「入ろう。瞬。この現代に野宿は嫌でしょ?」
「そうだな… 。」
こういう時ばかりは無駄に身長がでかくて助かったなと思う。小さかったら身分証明書か何かを求められただろう。
部屋に入ってみれば想像してたのとは違って、案外普通の部屋だった。ちょっと安心するのと同時に期待外れな気もした。
「はあ~つかれた~!チャリも無しに町ん中歩き回るのって結構疲れんのな。」
情報が出たときに足取りを掴まれてはいけない。そう思ってタクシーやバスなんかは極力避けてきたおかげで僕らはもうへとへとだった。電車の時と同じように睡魔が襲ってくる。
「風呂入んなくていいのか?」
「ああ、瞬が先に入っていいよ。上がったら起こして… 。」
そこでぷっつりと意識が途切れた。
「おい起きろ~上がったぞ。」
重たい瞼を無理やり開く。時計を見れば一時間ほど眠ってしまっていたのがわかる。起こしてくれてありがと、と礼を一つして僕も浴室に向かう。瞬がお湯をためたままにしてくれていたのでざっとシャワーを浴びて湯船に入る。まだ半分寝たままの頭で必死に考える。
あとどれくらい逃げていられるだろうか。お金はまだあるけどそれもそのうち無くなってしまうだろう。明日はどうしようか。
今捜査はどこまで。
「… い、おい!起きろ!」
瞬の声がする。起きないと。
「っは… げほっげほ… 。瞬、どうしたの。」
「どうしたもこうしたもねえよ!何風呂でおぼれかけてんだよ!死んじまったのかと思って、ほんとに怖くて。」
そう話す瞬の目には涙が浮かんでいた。ああ、無駄な心配をさせちゃったな。ただでさえ大変な状況なのに。
「ごめんね、疲れちゃってたみたい。大丈夫、安心して。俺絶対瞬のこと置いていかないから。」
ほんとか?と不安そうに聞いてくる瞬に僕は大きくうなずいてやった。
「人質が死んでちゃ意味ないでしょ。」
今日はもう寝よう。明日も忙しいからさ。そういって二人ベッドに入る。瞬と同じベッドに入るのなんか中学の修学旅行でふざけたとき以来だ。なんだか懐かしい気持ちになりながら心地よい暗闇の中に意識を落とす。
せめて眠るときぐらいは穏やかでありますように。
鳥の鳴き声が聞こえて目を覚ます。時計を見れば朝九時。
隣を見ると瞬が、いない。
怖くなってベッドから飛び起きる。一人でどこかに行ってしまった?顔を必要以上に広めてほしくはないのに。部屋中探しているとバスルームから僕のスマホを持って瞬が出てきた。
「何そんなに焦ってんの?」
「お前がいなく、なったと、思って。」
そういうと瞬は優しく微笑んで
「そんなわけないだろ俺はお前の誘拐犯なんだからちゃんとお前を見てないと。」
そういってテレビをつけた。そこに写っていたのは。
「あの子を返してほしいです。」
僕の母親だった。まさかと思って瞬のほうを見る。するとにやりと笑ってこう言った。
「誘拐犯たるもの脅しの映像くらいは送ってやんねえとな。」
どうやら手に持っている僕のスマホで犯行声明を送り付けたらしい。
「今日も逃げようぜ。」
楽しそうに言う瞬に僕はうなずくしかなかった。
荷物をまとめてホテルを出る。さすがにまだここまで警察は出てきていないようだがいずれ逆探知か何かでバレるだろう。それならば人が多いところに行って少しでもかく乱した方がよさそうだ。
「瞬、ちょっと距離があるから夏祭り会場にもう行っちゃおう。」
「目指すは神社、だな。」
こうして僕らの逃避行最終日が始まった。
「おい、あそこに駄菓子屋あるぜ!俺初めて見た!」
神社に行くまでの道は昔ながらの田舎感あふれる道だった。古民家がたくさんあって畑もあって。今みたいに僕らの町じゃ見慣れない店も多くある。
「行ってみる?」
どうせ最後だ。どこで見つかってもあまり変わらない。そう思って僕が聞くと
「いや、祭りの屋台で色々買うからいいや。」
そういってどんどん先に行ってしまう。僕も急いで追いつく。そうしないと瞬がそのまま消えてしまいそうな気がして。
そうやって青空の下、二人で神社を目指した。
あまりの暑さに途中で休憩をはさみながら歩いて数時間。神社に着いたのは四時頃だった。
「まだ明るいのに結構にぎわってんなあ。俺らも屋台回ろうぜ。」
そういって瞬はまた前を行こうとする。消えてしまう。そう思って、僕は手を掴んだ。
どうした?と言いながら首をかしげる瞬に僕は迷子になりそうだから。なんて適当に返した。どうか気付かないで。
少し先に見えた警察を僕は見なかったことにした。
日も沈んで夜六時半。そろそろ花火が始まるからか、人が移動し始めた。その時。
「走れ!」
瞬が叫んだ。まさかと思い走りながら後ろを見ると警察が何人か僕たちを追いかけてきていた。全力で走る。追いつかれないように、捕まらないように。
それも罠だった。
僕たちは崖の方に追い込まれてしまった。まさに崖っぷち。僕らもここで終わりなのかな。その時。
「動くな!誰か一人でも動いたらこいつの命はない!」
僕は喉元にナイフを突き付けられていた。
「その子を離しなさい!大人の言うことを聞くんだ!」
「うるさい!お前ら大人に、警察に、何がわかる!」
瞬がこんなに叫んでいるのを見たことがない。
「瞬、もう… 」
静かにしろと言わんばかりにナイフが近づく。そして僕の頬からツーっと赤いしずくがあふれた。
ああ。そうだったね。僕は人質で君は誘拐犯。最初からそうだった。
僕は瞬にすべてを任せた。
警察と瞬のにらみ合いはきっと三十分もなかっただろう。それでもこの時間は一時間、いや、それよりも長く感じた。
突然、首に突き付けられたナイフが外れる。
どうして。そう聞くよりも先に、瞬は僕にだけ聞こえるようにこう告げた。
「最後までついてきてくれてありがとな。最後まで本当に楽しかった。じゃあな、親友。また、どこかで。」
ナイフがその場に置かれる。警察のほうへ瞬が歩き出す。
だめだ。
行かないで。
僕ら最後には友達に戻れたのに。
おいていかないで。
そんな僕の叫びは花火に掻き消された。
あの逃避行から数年。僕は大人になった。そしてまた、一人でこの花火大会に来ている。一人で回る祭りはなんだかあの日よりもつまらない。あんなに警察に追われたのも今思えば少し楽しかった。
「お前が居ないと世界がくすんで見えるよ。」
そんな独り言は祭りの喧騒にまみれて消えた。
ふと気になってあの日の崖に行ってみる。きっと誰もいないけど。
そんな僕の予想に反してそこには人影があった。目を疑った。
走る。あの時のように。
二人で走ったあの日のように。
手を、掴んだ。
もう消えてしまわないように。
いなくならないように。
そいつは僕の顔をみて笑顔で言った。
「またどこかでって言っただろ、親友。」
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