夜の底へ

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夜の底へ

ふと我に帰れば、こんな深夜に、 都会のコンビニで、私はどうやら、会ったばかりの この(ヒト)に口説かれているらしい。 願ったり叶ったり、だ。 出会いの感触も悪くなかったし。 巨大ターミナル駅の改札口を出た、雑踏の中で 太い柱の向こう側から現れた(ひと)。 想像していた以上に、誠実そうな面持ちと、 聴き取りやすい声音と、痩せても肥ってもいない 張りのある体躯の持ち主。 「早めに出て来ちゃったので、少し喉が 渇いてしまって‥‥」 そう言って、私は利用したことのある、 ターミナルホテルのラウンジに案内した。 彼は、この場所まで、新幹線で2時間あまりの 距離にある他県から、来ていた。 向かい合って座ると、 薬指の地味な結婚指輪が目に入ったので、 「結婚なさってるんですね、私もですよ」と 言うと、「7年ぐらいかな」と彼は答えた。 私のほうが倍以上、長いんだと思った。 同時に、独身者でなくて良かったとも思った。 この半年ぐらい、見知らぬ誰かで良いから、 見栄を張りたい気持ちと、何でも良いから変化が 欲しくて投稿していた、ブログ界隈で、 彼は常に筋の通った記事で、 そこそこ読者も多いことから、 私にしてみれば、憧れのプロガーという存在だった。 年恰好は、お互いのブログのアイコンから それとなく察するという感じで、私の方は 「ああ、なるほど」 と思ったが、彼の方はどうだったんだろう。 たぶん、思ったより年上だと感じたのだろうが、 あからさまな落胆の色は見せたりしなかった。 彼は40才になったばかりだと言ったが、 私からは、歳は秘密だと、わざとらしく 惚けておいた。 待ち合わせ時刻は、午後七時半。 食事とかお酒を呑みに誘われるのかと思っていたら、 彼はお酒に弱くて呑めないのだと言い、 別の提案をしてきた。 「水タバコって吸ったこと有りますか?」
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