一話 忘却の女王蟻カルデニィア

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一話 忘却の女王蟻カルデニィア

 偉大なる太陽の真下、大地の恵みを受けた帝国(コロニー)に由々しき事態が持ち上がった。  恵みの女王蟻タリニに、二人の女王蟻が誕生してしまったからだ。  帝国(コロニー)を統治する未来の女王蟻はただ一人だけで良い。二人の女王蟻がそれぞれの騎士たちの子を産めば、かつての北の(コロニー)、嘆きの女王蟻ブリンダビアと、蜜の女王蟻カリンダが激しく権力争いをしたように、かならずこの国を滅亡に導くと、恐れられていた。  思い悩んだ女王蟻タリニは、二人の女王蟻のうち、先に生まれた暁の女王蟻マーリーを、正当な後継者とする。  そして、忘却の女王蟻カルデニィアと呼ばれた妹は、冷たい土の監獄に幽閉される事になった。 「マウクラ、ジャル。とうとう、わたくしもこの国を追われる事になりそうですわ」  母としての情けか、恵みの女王蟻タリニは先代の女王蟻の騎士である、初老に差し掛かったマウクラと、誇り高きタリニの騎士であるジャルを彼女の世話役として任命していた。  カルデニィアにとって、乳母と彼ら二人だけが、本当の家族と呼べる間柄だ。  すべての騎士は、女王蟻のために存在し、彼女と(ねや)を共にして、新たな兄弟を生み出す。そして、最期のその時まで忠誠を尽くして、息絶えるのだ。  女王蟻の使命は、成長して初潮を迎えると、次の女王蟻が生まれるまで、仲間(こども)たちを生み続け、帝国(コロニー)を支えるという、過酷なものだ。  けれど、帝国(コロニー)には女王蟻はたった一人しか必要ない。  赤茶の髪を纏め、青い瞳を閉じるとカルデニィアは、冷たい土牢の中で項垂れた。 「――――カルデニィア様、残念です」 「処刑される前に、この国を離れましょう。タリニ女王もそのように仰られております」  暁の女王蟻マーリーよりも先に、カルディニアの初潮が始まった事が帝国(コロニー)に知れ渡れば、危機感を募らせマーリーの騎士達が、偽の女王蟻を八つ裂きにする可能性がある。  もしくは、カルデニィアの放つ香りで、正当なる女王蟻マーリーへの忠誠が揺らぎ、帝国内部から崩壊する恐れもあった。  ひどい仕打ちを受けてもなお、帝国(コロニー)を憎む事はできず、カルデニィアはひっそりと、二人の騎士と共に旅立つ事を決意した。 「そうですわね……。わたくしも外の世界を見てみたい。どこか、わたくしを受け入れてくださる(コロニー)があるかもしれないわ」  マウクラとジャルは、儚く微笑むカルデニィア、を痛ましい表情で見つめていた。同胞の(コロニー)には必ず、核となる女王蟻が存在している。  彼女が迎えられるとすれば、死に逝く貧しい小国(コロニー)だろうか。  初潮を迎えたカルデニィアと、彼女の騎士が閨を共にしても、世話役の乳母もいなければ子供たちを育てる城も無く、何より彼らを育てる食料もない。  誰もが口にしなかったが、これが哀れな忘却の女王蟻カルデニィアの、死の旅路になることは明白だった。 ✤✤✤  華の蜜、果実、そして乾燥させた蟲肉と水を持ち、女王蟻カルデニィアを馬車に乗せると騎士たちは満月の明かりを頼りに、城を抜け出した。 「わたくしがこの国を去っても、誰もわからないのかしら。忘却の女王蟻カルデニィアを知るのは、お母様と貴方たちだけになってしまったわね。後悔はしていない? マウクラ、ジャル」  御者として馬を走らせる騎士たちに、カルデニィアは黄昏れるように話しかけた。本来なら、豊かで素晴らしい芸術の都に君臨する、暁の女王蟻マーリーに仕えるべき存在の騎士だ。  そして、生まれてから一度も姿を見たことがない、母である恵みの女王蟻タリニの面影を空想し、最後の別れの言葉を心の中に呟いた。  ふと、肩越しにジャルが振り返ると微笑む。 「カルデニィア様。貴女様が初潮を迎えた時より、我々は貴女様の誉れある騎士です。この命が尽きるまで貴女様をお守りします」 「……本当にありがとう。いくら感謝しても足りない位だわ。そうね……せっかく外の世界を旅するのだから、わたくしの知らないお話を聞きたい」 「そうですね……。昔、乳母にこんな話を聞いたことがあります」  無口なマウクラに変わり、若き騎士のジャルが話を始める。  この世界には棘に守られた禁足地があり、黄金に花咲く美しいアカシアの木がある。そこには、大変美しく、恐ろしい悪しき精霊が宿っているのだという。  踏み入れた者が、悪しき精霊から蜜を分け与えられたら最後、かならず帝国(コロニー)は滅亡するだろう。   「くだらん迷信だ。不吉な話よりもっと美しいお話しをお聞かせしろ」 「はっ……申し訳ございません」  そう言うとマウクラはジャルを睨みつけ、肘で脇腹を突いた。カルデニィアは、初めて耳にする、恐ろしくも美しいアカシアの伝説に、なぜか心を奪われていた。  帝国(コロニー)の奥深く、土壁の牢屋に幽閉されていた忘却の女王蟻カルデニィアは、華の蜜で喉を潤すことはあっても、華の色も形も知らない。 「滅亡を招く、アカシアの精霊」  ジャルの話によると、その悪しき精霊は大変美しく、精霊の蜜を受け取ると、帝国(コロニー)を破滅させるという、恐ろしい言い伝えだ。  だが、カルデニィアはアカシアの精霊に強く惹かれ、逢ってみたいとさえ思った。  彼女にとって何より恐ろしい存在は、姉妹であり、正当なる後継者の暁の女王蟻マーリーと、その騎士たちだ。  アカシアの精霊とはどんな存在だろう。  幽閉され、自分の騎士以外を知らないカルデニィアは、恐れられるアカシアの精霊に他人とは思えないような、親近感を覚えた。 「わたくしの流れ着く先が、アカシアの精霊の禁足地ならば良いのに」  カルデニィアは小さく呟く。  終わりのない旅路の末に、無常の死が待っているのならば、美しい黄金の華をこの目に焼き付けて、土に還りたいと願った。
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