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四話 貴方と永遠に
やがて帝国は黄金の華を咲かせる木の根元で、あらたな歴史を刻み始めた。
暁の女王蟻マーリーの騎士たちは、一部を覗いてカルデニィアに追従する。
追い詰められた、暁の女王蟻マーリーは彼女の忠実な騎士たちと共に、自害するという壮絶な最期をむかえた。
それは、かつての北の国で起きた悲劇を思い起こさせた。
歴史の中で忘れ去られるはずだった、忘却の女王蟻カルデニィアの、血塗られた王位継承は子孫や、他の国に伝えられていくだろう。
アカシアの城から少し離れた場所に、マーリーの墓標がある。
丁重に埋葬してあるものの、訪れる者の数は少ない。カルデニィアは、黒いドレスを着てアカシアの華を手向けた。
彼女の斜め後ろには、不思議そうに首を傾げる、美しいルカの姿がある。
『偽りの女王蟻のために、華を手向けるのか……? 貴女は不思議な人だ』
「マーリーはわたくしの姉妹だった蟻だから。初めて戦場で出逢って、そして別れを告げたの。せめて安らかに眠って頂きたいんですもの。ねぇ、ルカ……愛してる。わたくしが女王蟻を産まないと言ったらどうする?」
カルデニィアは、ルカの胸元にすり寄ると瞳を閉じた。
アカシアの精霊の声を聞くのは『はじまりの騎士』という、雄の蟻だと決まっている。けれど、予期せぬ運命で、追放された女王蟻が、初めに彼に出逢ってしまった。
そして悪戯な運命が、カルデニィアとルカの命を救い、愛という楔を打ち込んだ。
カルデニィアは、帝国を手に入れた時から、疑問に思っていた事がある。
もし、自分と同じようにこの地に君臨していた女王蟻が、ルカに恋をしてしまっていたとしたら。
いつまでも彼の女王蟻でいる事を望み、新たな女王蟻を産まなかったのではないだろうか。
『――――貴女と出逢った時に話したね。それが運命ならわたしは枯れて滅びるだけ。わたしの子孫たちは他の地で根付いた。貴女が滅びを望むなら……愛してる、カルデニィア』
ルカの冷たく、白い美しい指先がカルデニィアの顎を捉える。甘く痺れるような樹液の時間だ。
忠実な騎士の子供たちの卵は産めても、最愛のルカの子は宿せない。
それは、禁断のアカシアの蜜を口にした罰だろうか。
美しいアカシアの精霊は、自分とは異なりいくら月日が経とうとも、その美しさが褪せることはない。
もし、カルデニィアの産む次の女王蟻がルカを愛し、甘やかな樹液を与えられると考えただけで、四肢を引き裂かれるほどの心の痛みを感じる。
「……ルカ、愛してる……わたくしのルカ……永遠に愛しているわ」
この蜜を口にする者は、自然とアカシアの精霊に忠誠を尽くし、彼のために働く。その魔力に気付きながらも、カルデニィアは僅かな抵抗を試みた。
彼を他の女王蟻には渡さない。
誰よりも彼を深く愛しているのだ。
この美しい精霊は、朽ちることも恐れずただあり続けるだけ。
ならば、共にこの地で緩やかに死にゆく事を望む。
――――貴方もわたくしもどちらがが朽ちれば死ぬ運命。わたくしは死を持って貴方と永遠になる。
今はただ、華やかな帝国を見下ろしながら、甘美な終末をルカと過ごしたい。
忠誠の蜜は女王蟻を沈める 完
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