14人が本棚に入れています
本棚に追加
珊瑚ちゃんは「あれ?」という顔をしたまま、止まっている。
「記者魂は立派だけど。プライバシーを明かしていいかは別問題ね」
手帳をはじき飛ばしたミドリさんの顔は、僕からは見えない。
珊瑚ちゃんは「あれ?」という顔をしたまま、止まっている。
さっきと違うのは、額につつつーっと汗が流れていることだ。
「私のことは、何を書いてもかまわないけど。二人のことは、そのくらいにね」
珊瑚ちゃんは「あれ?」という顔をしたまま、止まっている。
ミドリさんは手帳を拾うと、珊瑚ちゃんの指先にはさんだ。
「はい、おしまいっ」
振り向いたミドリさんが、ヒマワリのような笑顔でぱん、と手をたたくと、珊瑚ちゃんの体が急にあたふたと動き始めた。
「じゃあ、私へのインタビューは明日の放課後。場所は体育備品室でいいよね?」
「え? あー、えー、わかりました。たたた体育備品室、ですね?」
珊瑚ちゃんはあわただしく手帳をしまうと「失礼しますっ!」と叫び、砂煙をあげながら跳弾のように校庭を駆けていった。
「あーミドリさん。とってもこわい顔してませんでした?」
「はてさて。こわい顔って、どんな顔?」
ニコニコしながら、ミドリさんはすっとぼける。
僕と雫が教室に戻ったのは、結局、六時間目の授業が二十分ほどすぎてからだった。
扉を開くとクラスメイトが一瞬、僕らに視線を向けてから、すぐに見てもいない教科書に視線を落とす。
数学の先生は僕らが席につくまで、教壇の上で石像になっていた。
「高杉と桂木か。授業には、なるべく出てくれよな」
ため息まじりに言いながら、石化の呪いが解けた先生は授業に戻る。
ミドリさんと僕と雫は、教室を抜けようと授業をサボろうと、決して叱られることがない。僕たちの心の傷に、特別に配慮しているそうだ。
それはあの倒壊事故がこの学校に残し、腐っていく傷跡の一つだった。
最初のコメントを投稿しよう!