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「美登里さん。いつも、こんな手を使ってるの?」
雫があきれた顔で、あきれた声を出す。ミドリさんはベッドの上で、お腹を抱えながらけたけたけた、と笑っていた。
「ミドリさん、『例の件』って何ですか?」
「魔法の呪文。カップルは心あたりのあるなしにかかわらず、つい気になっちゃいます。白鷺センセって、本当に一途だねー」
「口から出まかせってことか!」
ひとしきり笑い終わると、ミドリさんは「あー、スーっとした」とつぶやいた後、体操選手がつり輪から着地を決めたように、ぴょんとベッドから立ちあがった。
「さて、邪魔者が去ったところで散歩研究会の入部面接を始めます。一年C組、和歌森夕鶴ちゃんです。拍手っ!」
奥にもう一つ、白いカーテンがかかったベッドがある。じゃじゃーん、と言いながらミドリさんがカーテンを開けた。
そこにはベッドで上体を起こした肌の白い女の子がいて、微笑みながら頭をさげた。
「高杉和穂先輩と桂木雫先輩ですね。どうかよろしくお願いします」
髪に大きな紫色のリボンがあって、右手には薄絹の手袋。制服より矢がすりを着せたら似あいそうな古風な顔だった。
「ええと、夕鶴ちゃん。どこか体が悪いの?」
「はい。きょうはちょっと息切れがして。もともと血が少なくて、心臓も弱くて、あまり動けないんです。でも、たいしたことありません」
「たいしたことないって……大変な病気に聞こえるけど。なんて病気?」
なぜか夕鶴ちゃんの顔がぱあっと明るくなり、機関銃のようにしゃべり始めた。
「実はですね私の病気はペーターセンハイゼンベルグラクーラ症候群と言いましてスウェーデンとドイツとイタリアの研究者が同時に国際誌に報告して病気の正体がわかったんです六年前に病気に名前がついた時はホント感動しましたそれまでどこの病院や名医を訪ねても原因不明の一言で追い返されましたからっ」
「はあ……」
「造血幹細胞の機能低下による貧血等が典型的な症状ですが他にミトコンドリアの異常や脳機能の異常亢進が出る病気です第二十二染色体の一部でグアニンがチミンに置き換わりPbQたんぱく質合成酵素に異常が生じるのが原因とみられます先天性ですが遺伝性ではなく一種の突然変異と考えられます治療法はありませんが最近はベクターウイルスで造血幹細胞にPbQ正常遺伝子を導入する治療がマウスの……」
「ストップストップ。なにやら、さっぱりわからん」
さすがに僕は話を止めた。
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