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とはいえ、キッチンも食料庫も風呂も部屋の外にあるともなれば、ずっと一人で籠もっていることなどできない。仕方なく何度かリビングに出たが、そのたびに誰かが揉めているようだった。
「ふざけんじゃねえ!あんな女と一緒になんぞいられるか!」
暫く後には、頭が禿げ上がった中年男性がぷりぷりと怒りながら廊下の奥へと消えていった。
そのさらに暫く後には、三十代くらいの男性と五十代くらいの女性が激しく口論をした末、どんな結論を出したのかわからないが二人揃って出ていった。
見知らぬ他人と時間の感覚のわからない、娯楽の殆ど無い空間で一日を過ごす。それがどれほどの苦行なのか、私は完全にナメていたのだと思い知らされた瞬間である。
気づけば地下には、あの色狂いの男と風俗嬢らしき女性、眼鏡の気弱そうな青年と私の四人だけになってしまっていたのである。今は、あの色狂いの男と風俗嬢は同じ部屋にいるようだった。何をしているかなど考えたくもないが。
「まるで、箱庭ですね」
眼鏡の青年はキッチンで晩御飯の片付けをしながら言った。
「正直、殺し合いまでならなかったのが奇跡みたいなものだと思います。これがもっと長期間、完全に隔絶された陸の孤島だったらもっと酷いことになっていたかも」
「そんな、大袈裟よ」
「そうでしょうか。……通信機器も記録媒体もなく、隔絶された時間もわからない空間。自分の欲望や本性が剥き出しにされるのも、わからないではないです。……ひょっとしたら僕達の雇い主は、それが見たいのかも」
ふう、と彼は額の汗を拭った。熱帯夜になる、と言っていたのは本当らしい。外を確認できないのでわからないが、地下室はだいぶ蒸し暑くなっていた。腹具合からすれば、そろそろ夜になっていてもおかしくはないらずなのだが。
「気をつけてください。まだ、何かあるような気がしてならないんです。……雇い主が本当に僕達にお金を支払う気があることを願っていますよ。僕は……何が何でも降りるわけにはいかないので。友達の借金の保証人になっちゃったのは、今でも馬鹿だったと後悔してますけどね……」
彼がお金を必要としている理由は、私と比べれば遥かに真っ当なものだった。私は曖昧に頷くしかない。きっと私がここにいる訳を話したら軽蔑されてしまうだろう。――数少ない、まともに話せる相手に嫌われるのは正直避けたかったのである。
私は彼と別れると、エアコンをセットしたまま眠ることにしたのだった。風呂はもう終えている。何時かわからないが、どうせやることもないなら早く寝てしまうに限るのである。
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