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考えた末。私はあっさりと白旗を上げた。正直、想像以上に過酷な環境にだいぶ参っていたというのが大きい。お金は惜しいが、あと半日我慢できる自信がなくなっていた。どうせリタイアするならば、あの優しそうな眼鏡の青年の役に立っておきたいと考えたのである。
「へえ、素直じゃねーかおばさん」
乱暴者の男性が嬉しそうに言う。
「力づくで誰かを上に行かせようと思ってたから丁度いいぜ」
「……言っておくけど、あんたのためじゃないから」
私は冷や汗をかきつつも彼を睨みつけると、一人廊下の奥へと向かったのだった。そして、ゆっくりと長い梯子を登り始める。――途中で、何かがおかしいと感じ始めていた。暑さが、尋常ではないのである。熱帯夜、だとしても夜は夜。ここまで暑くなるものだろうか。
それに、どこか焦げ臭い臭いもするような――。
――ま、まさか!
私はぴったりと閉まっていた地上へ続く扉を押し上げ――絶句することになるのである。
キッチンに、真っ黒な煙が充満している。私は蒸せながらも慌てて飛び出して、キッチンのドアを開けた。そして知るのである――ドアの向こうにあかあかと燃え盛る炎を。
停電――そして地下があれほどまでに暑かった、本当の理由を。
「嘘でしょ……!?」
「おや、よく気づいて出てこられましたね」
「!?」
はっとして振り向くと、そこには消防士が着るような防火服とマスクを着用した人影が。顔は見えなかったが、こもったその声には聞き覚えがあった。私達を連れてきた、バスガイドの女だ。
「熱帯夜だと誤魔化されて、蒸し焼きになるまで地下で我慢して出てこないかと思いましたが……ふむ、残るは三人ですか。いい研究データが取れました、感謝しますよ」
「あ、あんた達まさか、最初から……!」
「おめでとうございます、岡部由香里さん。貴方は失格にはなりましたが、命は助かりましたよ」
次の瞬間、頭に衝撃。殴られた、と気付いた時にはもう意識が遠ざかっていた。
『気をつけてください。まだ、何かあるような気がしてならないんです。……雇い主が本当に僕達にお金を支払う気があることを願っていますよ』
最後に思い出したのは、あの青年の言葉。ああ、せめて名前を聞いておくんだったと後悔してももう遅い。
――お、お願い、逃げて。早く、お金なんか捨てて、そこから……!
地獄の蓋が開いたか否か。
ついぞ私には、知ることができなかった。
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