愛は流れ星の向こう

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 よく見れば、二つセットになっている食器は、食器棚の中にいくつもある。  ローンもあるだろうに、この家を売らずに住み続けている理由。  いつか家族が増えることも見越して、小学校や保育園が近い場所に家を買ったその理由。  そして、彼女の“叶わない願い”。もう、それだけでヒントは充分だ。 「涼花さん、あんたは……毎晩、流れ星を探してたのね。お願い事をするために。あるいは……いなくなってしまった人を見つけるために」  死んだ人が星になるなんて迷信だ。そんなこと私だってわかっている。  それでも彼女は、何かに縋らずにはいられなかったのだろう。失ってしまった理想も未来も、あまりにも大きなものすぎて。 「……織姫さん」  涼花は、くしゃり、と泣きそうな顔を歪めた。 「きっと、優しい人なんでしょうね、彦星さんは。だから申し訳ない、会わせる顔がないなんて思うんでしょう。あの人もそうでした。でもね。……それはこっち側のエゴでしかないんです。傷つきたくない自分を誤魔化していることでしかないんです。相手のことを本当に思うなら、どれほど罵られたとしてもきちんと謝らなければいけない。……今日と同じ明日が来る保証なんて、神様だってしてくれないのですから。それはきっと、死ぬことのない貴女たちだって同じでしょう?明日を逃したら、もうずっと七夕の日は雨ばかりかもしれませんわ」 「私、は……」 「たった一言が言えなかっただけで、一生後悔する人もいるんです。だから、どうか……悔いのない選択を。申しわけないと思うならその分どうか伝えてあげて、貴女がそれほどまでに愛しているということを」 「涼花さん……」  私の手を握って、説得する彼女。本当にごめんなさい、と私は繰り返した。 「そして、ありがとう」  残ったミルクティーを、ぐいっと飲み干す。きっと彼の愛した人が、使っていたであろうカップ。  いつか。いつか彼女がこのカップに、心からの笑顔で誰かに新しいお茶を入れられるようになる日まで。友人でも恋人でもいい、そんな人が彼女の前に現れるまで。 「お世話になりついでに、一つだけお願いするわ。今年の貴女のお願い事は、私に決めさせて。……それを叶えてくれるように、私、上の神様にきっちりお願いしてくるから」  次の夜。  天の川の岸部で船を待ちながら、私は望遠鏡で地上を見下ろした。涼花の家のベランダに掲げられた短冊。そこに書かれたお願いを確かめるために。  彼女は恐らく毎晩、いなくなってしまった愛する人のことを想う短冊を掲げていたのだろう。でもきっと、彼女が愛した人が願ったことは別にあっただろうから。  今年はどうか、その人の願いを。 『今年こそ、笑顔になれますように』  天の川の水面で、流れ星がきらりと瞬いた。
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