第二話

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第二話

 大学生の娘が 講義が終わると店を手伝いに来てくれる。げんきんなもんでその辺りから近所の男の客が増える。これはいつも通りだが、別れた女房については彼らは知らないから、今出ていった女は単なるお客さんだと思っている。それが証拠に直ぐに娘にちょっかいを出している。  いつも顔を見せる禿げ茶瓶のおっさんに、その頭なら散髪代が相当浮くやろうと云うと、なに云ってんだー、毎月舶来のブランデーより高い養毛剤を頭に振りかけてんだー、とまくし立てられた。  ああ、北村のおじさんね、と娘は注文の珈琲を持って笑っている。  ハイどうぞ、と北村の前へ娘は珈琲を置いていく。  ここで話題に成るのはやはり最近亡くなった婆さんだった。七十二と歳を聞いて若いねぇ、とこの北村は平均寿命から若いと云っている。 「七十で若いのなら、じゃあ大学生の内の娘はどう言うんだ」  と片桐は全ては運命だと云いたいのだ。 「その前にそれを言うなら五十代のマスターはまだあの世から見放されてるって言えるなあー」  ありがたく思え、と北村はさも美味そうに珈琲を飲む。 「それよりその婆さんはどうしてその歳で亡くなったんだ」 「何でも脳溢血で玄関の三和土(たたき)の前で倒れていて三日目に近所の人が引き戸の郵便受けから倒れている婆さんを見つけたんだ」 「それじゃなにかい三日も誰も気付かずってわけか」 「婆さん近所づきあいがなくても毎朝見かけていたからねまだ三日で見つかりゃあ良い方でさあ可怪(おか)しな死臭で数ヶ月後に見つかる一人暮らしの年寄りが多いそうだよ」 「その前を若者が引っ切りなしに表を通って三千院の参拝道を歩いて行くんだからお寺へ行く前にもう既に仏さんになっちまってるのに誰もお参りしてくれないだからなあ気の毒に」 「そうなりゃあ俺たちはそんな因果な場所に住んでるってことだ」  三千院の側で何処が因果なんだ、と片桐は客の入りが悪くなるような言動は慎んでくれッ、と北村に文句を垂れる。 「もうおじさん達は昼の日中(ひなか)からなんてちんけな話なの」 「大学の講義終わった時間帯だから日中もないが大体あの京都大学で何習ってんだ」 「専門は人間学部ですけれど高齢化についても考えてます」 「ホオーわしらの事を大学で勉強してんのんか」 「高齢社会を見据えているけど主に社会の弱者についてどうあるべきか考えるのです」 「わしらは弱者やないて云うのか、今も話していたけど孤独死が多いのもわしらの世代やでー」 「あなた達は五体満足じゃあ有りませんか、それに引き替え身体の機能を失いながらも懸命に生きてる人達に光を当てるのが福祉です」 「わしらも懸命に生きているがなあ」 「年金を貰ってね」  と夕紀は皮肉っぽく言う。これに北村は直ぐ反応する。 「なんかトゲのある云い方やなあ親父さん、あんたの娘は一体何を習っとる」  北村はそう言いながらも若い女の子に口でちょっかいを出すのが好きなのだ。 「いつも鼻の下を伸ばしてるくせに今日はえらい娘に突っかかるのやなあ、今さら若い子にご機嫌取る歳でもなかろう」 「嘘つけわしはまだまだ現役や子供を作ろうと思えば作れるんや」 「確率は九割以上は無理やろう」 「その残りの一パーセントに賭けるのが男と言うもんや」 「何をアホなこと云うてんのやそやさかい若い子に嫌われるンや」  とお父さんは北村さんをぼやいていた。
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