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第三話
夕紀の希望で付けた店の飾りのようなドアのカウベルだが。三千院の参拝を終えた若い女の子には似合うが、あのベルは開ける勢いのない高齢者には似合わない。何故か足元までがしょぼくれて来るからだ。特に夕紀が店に入ると年寄りばかりで、カウベルまでが陰気くさい音になってしまうと嘆いている。
そこに今度もやはり七十に手が届きそうな、昔はこの辺の地主だった大家がやって来た。例の孤独死した婆さんに、家を貸していた大家の佐川さんだ。
今日は三千院を訪れて店に寄る客は、あたしのせいで皆無で、高齢者ホームになってしまったと夕紀は嘆いた。
佐川さんは定席のカウンター席に座ると、さっそく夕紀ちゃんに暫く会えなかったと話しかける。それを大げさすぎると北村に突っ込まれる。
「どうした最近ご無沙汰していたからあんたも孤独死の婆さんと一緒でお迎えが来たんちゃうかと噂していたとこや」
佐川は本当かと片桐を睨んだ。片桐は慌てて手を振って、北村はんの独り言やと否定する。
「バカ言え、まだそんな歳やない、ここ暫くはそれどころやなかったんや」
「どう言うこっちゃ」
「何も知らんのか、この近所で二週間前に孤独死した婆さんを」
それはひと月前とちゃうんかと云う北村に佐川は、お前も惚けてきたなあ、と云われて憤慨された。それを片桐は慌てて止めに入った。まだ惚ける歳ではないが、目立ちたがり屋のこの二人は、何処までが本気か見分けにくい所謂、頑固じじいだ。
「それは知ってるけどそれがお前とどう言う関係あるんや」
「大ありやなんも知らんのかあの亡くなった婆さんは内の店子や」
「あの婆さんはお前とこの借家人やったんか」
「そうやあの孤独死の家っちゅうのは下の駐車場から離れたあの家や、あれ以来空き家になっている」
「ホオー、三千院に住みたいちゅう人は結構居るやろう」
そこやと大家の佐川は困っていた。
あの家は四十年も前の親父の代に賃貸契約して、それをそのまま引き継いだから、親父が死んだ今は、貸した経緯なんか誰も知らないらしい。そのときの身元保証人も既に亡くなっていてなあ。
それであの婆さん、山下道子は区役所に照合しても、住民票を登録してなくて旦那さんの籍にも入っていない、つまり内縁関係の奥さんでも、長く生活を共にしていれば厚生年金は支給される。だけどタンスから出て来た預金通帳には四千万近い残高が有ってなあ。これは多分に、五年前に亡くなったご主人が掛けていた生命保険を受け取り、そのまま残しているんやろう。それを当てにして家を業者に整理するんだが、身内が分からなければ遺産は国庫に入る。だから四方八方手を尽くして婆さんの身内、つまり四千万円の相続人を探しているそうや。心当たりはないか、見つかればその相続人から残された物の撤去費用を負担して貰うが、今のままではどうしょうもない。と佐川はいつもの遅いモーニングコーヒーを飲みながらマスターに相談した。
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