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「だいたいフーマはナツキさんが選んだ人間しかついてこないよ。ナツキさんが選んだっていうか、ナツキさんたちに惚れ込んだ人たちが勝手についてくるんだけど……リーゼントはナツキさんを信用してないし」  そう言いながら彩子は心ここにあらずといった様子だった。「ジェイさんとリーゼント……」と呟きながら、首を激しく振った。 「ジェイさん、この間のこと返しにきたのかもしれないね。殺し合いになっても、大変だろう。そのあたりで済ませてやれってところじゃないの。両者」  と言って、彩子はころんとカウンターに歯を置いた。片手で突いて、笑ってみせる。 「ねえ、勝手に落ちたのあっちだもんね。いつまでも絡まれるいわれはないよ」  そう言って、ユキノジョウは「ランドマークに行ってくる。救急箱あるでしょ。昔、おれの手術したところ、ここだし」と抜け出してしまった。ざっとテーブルを確認すると、みんなそろそろ落ち着いてきた頃だ。ただアルコールの提供をすればいいだろう。 「彩子、先ほど何を考えていたの?」  そうぼくは疑問に思ったことを聞いた。激しく首を振る彩子は何かを振り払うかのように見えたからだ。彩子はヒツジコの腕の調子を見ながら「え、うん」と曖昧に返事をする。周りを確認して、それから声をひそめた。 「ナツキさんはいつも通りだよ。でも、リザさん、最近様子がなんか変な気がしたんだ。みんなそんなことはないって言うんだけどね。それで、ジェイさんも変わったことするから、気になっちゃって。フーマの仲間でもないのに、喧嘩とめたりする人じゃないから。そう、そういえばリザさんも」  と言って言葉を切った。ぼくは「どうしたの?」と聞く。 「みんなのこと、昔の自分たちみたいだって。人数は違うけど、似てるって。それはいいんだ。でも、男なんかいつか裏切るわよって、信用しちゃいけないってさ。女の自分もね」  ため息を彩子はこぼした。ナツキたちはどうやら昔の自分たちをぼくらに見ているようだ。ナツキもジェイもリザも同じことを言う。だけど、ナツキ以外は口を揃えて「いつか裏切る」と教えこんでいるようだ。裏切りが当たり前なセブンに生きているからだろうか。裏で起こっている抗争は、フーマから外れた子供から始まった。それがやはり影響しているのだろうか。 「女だなんて、男も女もない。彩子は彩子だもん」  どこか子供っぽく彩子は口を膨らませた。ヒツジコはちょっと切なげに目を伏せて笑った。 「裏切り、ですか。そもそも裏切るってなんなんでしょうね」 「知らない、彩子知りたくもない」  そう話していると、ユキノジョウが「持ってきたよー」と救急箱を振ってランドマークから現れた。彩子が立ち上がってそれを受け取りにいく。 「裏切るって、ハイド、どのようなことなんでしょうかね」  ヒツジコに話を振られて、ぼくは首を傾げた。ぼくもよくわからなかった。 「わたしにはわからない」 「ぼくもわかりません。裏切るってなんなんでしょうかね」  ヒツジコはそう言って、モゴモゴと舌を動かした。おしぼりに血を吐いて「くそ、切れてやがる」と口にする。 「まずはおとなしく手当てを受けるべき」 「ですね。ところで、こいぬ組が宴会したいって言ってたんですよ。その日、ぼくも手伝いましょうか」 「彩子がこいぬ組に興味を持っていた。花火を管理してることを知らないようだ。紹介してあげればいい」 「そりゃあいい話ですね。こっちに来るんなら、関わりになることもあるでしょう」  そうやって、ぼくたちは簡単に未来の約束をした。  彩子がカウンターに戻り、ヒツジコの手当てをする。折れているとかそんなことはなさそうだ。それを見守っていたが、注文を受けたので仕事に戻る。ユキノジョウもここで売り上げを伸ばさんばかりに、おかわりを聞きに回りだした。  ヒツジコの手当てが終わり、二人は救急箱を返しにランドマークへ消えていく。彩子がこちらへ本当に来たら、これが日常になるんだろうなと思いながらぼくは見ていた。  ビールを注ぎに来たユキノジョウに、ぼくは先ほどの宴会の話をする。ユキノジョウは張り切って「大口宴会だね」と嬉しそうにしていた。きっとこいぬ組は貸し切りでこの店に来るのだろう。  ぼくたちはそうやって、三時過ぎまで働いた。そのあとは、みんなで店をしめて、屋台をいつもの倉庫に片付けた。  彩子は片付けする間も忍んでヒツジコの持ってきた歯を見たり、突いたりしていた。よっぽど嬉しかったのだろう。もしかしたら「ロマンチック」と言ったのは本音かもしれない。彩子の感性はたまによくわからない。でも瞳は大きく輝いて、どこか神秘的な姿だった。
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