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 ぼくと彩子は、スイカを落としたビルのそばに座り込んでいた。夕日はもう沈んでしまい、空は夜の色になっている。しかし、不思議と暗いと思わなかった。街灯がすぐそばにあったせいもあるが、彩子の明るい瞳のせいでもあった。そばで見ると、金色の輝きが眩しく感じる。太陽のようだ。彩子は砕けたスイカを拾い、しゃくしゃくと食べていた。「まずいな、とても水っぽい」と眉を寄せている。 「きみも食べるかい?」  と差し出されたが、丁重に断った。ぼくは人間じゃないので、ものを食べることができない。もし食べることができても、食べなかったと思うけど。 「スイカっていうのは割る時が最大盛り上がりだね。食べるとつまらない」 「スイカは食用であっておもちゃではない」 「そうなの? 割って楽しい。おまけに食べておいしいものじゃないのかな」  変わったやつだな、と思った。大きいシャカシャカは彩子の肘までずり落ちている。細すぎる腕にスイカの汁が伝っていた。青い血管がうっすらと見える。骨と皮だけというわけではないが、蝋燭みたいな腕だ。頬もくぼむまではいかないけれど、肌に艶がない。あまり生活環境がよさそうではなかった。それなのに食べ物をおもちゃのように考えているなんて。 「神さまに言われなかった? 食べ物で遊ぶなと」 「あいにく信仰心などない国で育ったものでね。神さまから教わったことがない」 「ものを食べられない人もいる。その人が見たら、どう思うか」 「憎ませるのも恵まれたやつの役割だよ。這い上がる気力になる」  その上、口の減らないやつだ。ぼくはやれやれと肩をすくめて見せた。彩子はにこっと笑って「素直に謝れないんだ。今後はスイカで遊ばないようにするよ」と言った。邪気などまったく含まない表情だ。その場がぱっと明るくなる。赤ちゃんが笑ったときと似た気持ちになった。これから知ることになるが、彩子の笑顔とはそんな力があった。楽しいときはそれ以外のものを含めない、純粋なものなのだ。 「スイカ、一人じゃ食べきれそうにないな。考えて割ればよかったかもしれない」  彩子は見ているとイライラするくらいちょっとづつ、スイカを齧っている。食べることが罪深いと言いたげな、嫌な食べ方だった。たまに口元に手を当てて、たいそう気分が悪そうにした。コンクリートに叩きつけたので、地面の味でもするのだろうか。そうしながらも、いちおう食べきろうとしている。  ぼくの視線に気づいたのか、彩子はがぶっとスイカに齧りつくと、口の中に一気に詰め込んだ。苦しそうに飲み込んで息をつく。 「持って帰ればいい」 「きみに怒られたのが実は地味に悔しくてね。一人で食べきるとも」  そう言って彩子はスイカの皮を投げて、地面に落ちたかけらを拾った。砂を軽く指で擦り落とすと、また一気に食いついた。 「寒い。この季節にスイカはないな。やっぱり夏の食べ物だと思った」 「そう」  と、ぼくは返した。食べたことがないので、話を広げることができなかった。冷たいととれる返答でも、彩子は気を悪くすることはない。にこにこと笑って、袖で口元を拭った。 「早く夏にならないのかな。今は秋だ。これから冬になる秋だよ。冬は嫌だな、みんな室内にこもろうとする。寂しい季節」  彩子はふうっとため息をついた。スイカの皮を放り投げる。「食べ過ぎた、気持ち悪い」と舌を出す。 「夏が好きなの?」 「好きだとも。ほら、夏ってさ、永遠って感じするじゃないか」  ぼくは頷いた。同意したことがうれしかったのか、彩子も何度も何度も頷いた。 「それって、夜もあったかいからじゃないかな。湿気があるから、室内の方が暑いじゃないか。夏の夜は外の方が過ごしやすい。みんなずっと外にいて夜になっても帰らないから、昼がずっと続いているみたい。そういうとこ、好き」  そう言って彩子はぴょんっとジャンプをして、立ち上がった。尻をぱんぱんと叩き「寒いとみんなすぐ帰りたがる。ほら、ぜんぜん人が歩いていない」と歩道を指さした。  歩道はしんとしている。確かに夏はもうすこし人が歩いているものだけど、寒いから帰りたがるなんてことはないような気がした。どこか室内で遊んでいるのではないだろうか。  彩子は歩道をぴょんぴょんと歩きながら、街灯に手をついた。ぼくの方を見ないで、ひとりごとのように口にした。 「三百回、千回、帰ったら、みんないなくなる。夏は帰りを先延ばしできる。そういうところが好きなんだ」  ねえ? と彩子は同意を求めてきたが、ぼくは首を傾げた。彩子はそんなぼくに一瞬責めるような目をして、前髪に息を吹きかけた。そして、いきなり街灯の支柱をしっかり掴むと、よじ登り始めた。  ぼくは慣れた手つきで登っていく彩子を、半ば呆れて見守っていた。こいつは何をしだすのだろう、さっきから。次に何をしだすか、予測のつかないやつだ。 「……何をしているの?」 「登ってる。食後の運動」
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