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 彩子はどんなやつかといえば、やたら子供っぽく見えるところがあった。  彩子の目に映るこの街はひどく平和だったと、ぼくは思っている。彩子にとってビルはジャングルジムだったし、街灯は登り棒だった。ギャングやマフィアはたまにエンカウントするモンスターだった。喧嘩はイベントで、踊りはバトルで、ラップは遠吠えだった。  彩子はなんでもやった。くだらないことを楽しくするのが好きだったし、いたずらをしかけるのが好きだった。彩子は悪ガキだ。ぼくたちがちょっと前に卒業した、子供の遊びが大好きだった。企画力のない、だらだらとした時間を過ごすぼくらを引っ張って、彩子はよく言った。「もっと楽しいことをしようよ。もっともっと、人生でいちばん楽しいことをしよう。ここにいることを忘れないようにしよう」  よく晴れた日曜日、彩子がバットとボールを持ってやってきた。「野球でもするの?」と聞いたら、首を振った。「かみなりおやじごっこ」  彩子はボールを投げると、ぶんっとバットを振った。ちょうど目の前には安いホテルがあった。ぽーんとボールが飛ぶ。がしゃんとガラスが割れる。「あ、防弾じゃなかった」と、舌を出して彩子が笑う。顔を出したのは、いつかのリーゼントだった。彩子は笑いながら逃げ出した。ぼくたちも逃げ出した。  他には、こんな夜もあった。歩道橋の上にいて、柵に腰かけると「どこか行こうよ」と彩子はぼくたちに呼びかけた。ちょうど真下にトラックが停車していた。彩子はその上にジャンプした。トラックの荷台に着地して「一風変わったドライブ」と言う。ぼくたちも後に続いた。見つかったら怒られるとか、普通は通行人が突っ込むんじゃないのかと心配になったが、さすがは無法地帯で、飽きるまで荷台の上にいることができた。ぼくたちは彩子の横顔を見ながら、トンネルでは頭上注意を呼び掛け合い、みんなで笑った。  ぼくたち三人は二年くらい前からずっといっしょで、彩子は途中参加だ。彩子はいっしょにいなかった時間を急いで埋めるように、ぼくたちのそばにいたがった。ぼくたちはそれを深く考えずに歓迎した。  無邪気な信頼は、行き過ぎていることもあったけど。 「もうすぐ冬だって言うのにさ、みんな頑張っちゃってるよね」  まだ秋のころの話だ。ぼくたち、三人はランドマークビルの前で、まだミニスカで素足を出して勝負する女の子たちを眺めていた。ヒツジコが目をじっと凝らして、その中でもなんかえっちな足を持つ女の子二人組を指さした。 「あの足だったらどっちがいいですか?」  二人組の一人は足が細くて短いけど、人形のように整っている。二人目は長いけど、肉がそれなりに詰まっていた。ぼくはお肉な足をさして「わたしは右」と言った。 「おれは左かな」  ユキノジョウがしゃがみこんで、首を傾げる。ユキノジョウの足は長いし、筋肉も脂肪も程よくついている。ユキノジョウが女の子を評価するのは残酷だ。 「ぼくは右ですかね」 「彩子も右」  ひょいっと顔を覗かせたのは彩子だった。ぎょっとして、ぼくは地面に尻をついた。彩子に今の話を聞かれたのは、ちょっと恥ずかしい。 「何やってるんだい?」  そう彩子はぼくに手を差し伸べた。ぐいっと引かれて、ぼくは立ち上がる。彩子は白のシャカシャカを着て、下に伸びきった黒いトレーナーを合わせていた。飾らない子だなと思う。髪の毛も切ったまま伸びたといったショートカットだ。ユキノジョウとヒツジコを見慣れているせいだろうか。  彩子は「何?」とぼくを見上げた。ぼくは首を振る。ここで彩子に何かを言うのはフェアじゃないだろう。彩子はえっちな足を振り返り、うんと頷く。 「この前、みんなに助けてもらった。彩子はまだそのお礼をしていないね」  リーゼントとの喧嘩のことを言っているようだった。「そんなこと」と言いかけたヒツジコの額を指で突き、彩子は「みんなはともかく、彩子は納得できない」と首を振る。 「なので、お礼をするよ。彩子のおごりだ」  お礼。おごり。食べ物でもおごってくれるのだろうか。真面目にお礼をされてもこちらも困るが、そのくらいならいいだろうと、ぼくたちは頷いた。彩子は「レッツゴー」とぼくの背中を押す。どこに連れていかれるのだろうと、ちょっとした期待があった。女の子だし、お菓子とかかな。  ぼくはものを食べられないが、お礼をしたいという彩子の気持ちがうれしかった。  だが、彩子の考えはぼくの期待を裏切るというよりも別次元にあるものだった。
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