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 彩子は先頭に立って、ぼくたちをセブンに案内した。街は夜で、季節のせいもあり光が鮮やかに見える。どんどん道を進むたびに光はケバケバしくなっていく。呼び込みの黒服やドレスの女の間をすいすいと通り抜け、彩子は路地に入っていく。ぼくたちは彩子がどこに向かいたいのかわからなかった。ぼくとユキノジョウにセブンの土地勘がない。ヒツジコは無言だった。狭苦しい道にある木の扉を開けると、急な階段があった。彩子は手招きをする。ぼくたちは後に続いた。さすがにお菓子はないだろうと理解していた。階段の下にあったのの扉を開けると、むんっと香水と酒の混じった下品な臭いが鼻をついた。入り口のすぐそばにドレスと下着の中間のような布を着た女がいる。ユキノジョウが笑顔のままかたまった。ソファに座っていた女が、彩子の顔を見て目を丸くした。 「彩子じゃないの、久しぶりね」  彩子はぱたぱたと女に駆け寄り、胸に突っ込むようにハグをした。 「お姉ちゃん、あの人たち、彩子を助けてくれたんだ。お姉ちゃん、男の人を喜ばすのだろう。だから、いっぱいいっぱい喜ばしてほしい」  そうはしゃいだ声を出してぼくたちを振り返る。女が困ったような笑みを浮かべて彩子の頭を撫でた。この店はつまりは、お酒を飲んで語らって、そのあとは大人の時間よ、という店だった。彩子は無邪気に、本当嫌になるくらい無邪気に笑っている。ヒツジコが「マジかよ」と呟いた。ユキノジョウが呆れたように首を振る。ぼくの肩からずりっと上着が落ちた。  ぼくたちは彩子に背中を押されて、女に腕を掴まれて、ほぼ強引に席に座らされる。そこに呼び出された女は彩子と知り合いのようで、全員が「久しぶりね」と彩子の頬にキスをしていた。彩子はテーブルに置かれたグラスに手を伸ばす。 「彩子がお酒、作る」  そう言った彩子の声は非常に甘くて、イノセントな響きを持っていた。アイストングを操る手つきも、グラスにアルコールを注ぐときも、彩子は一定のリズムを守るように、子供っぽかった。それはこの店内の雰囲気もあるだろうし、彩子の隣に女性がいたせいもあるかもしれない。 「緊張してるの」  隣に座っていた女性が、ぼくの太股にそっと手を置く。ぼくは硬直していた。彩子はみんなのお酒を、一所懸命作っていた。初めてのようだ。何か大事業でもやっているような真剣さがあったが、ぼくたちにそれを見守る余裕などなかった。  ユキノジョウがぼくの肩を叩いた。ヒツジコが「便所」と立ち上がる。ぼくもユキノジョウもそれに続いた。「あはは、かわいいー」という声が背中に届いた。 「っていうか、なんですか、この展開」 「ここって、そういうところだよね」 「なんのつもりでここに?」  ぼくたちはトイレにこもって、そのまま顔を見合わせた。彩子は、「男の人が喜ぶ」というので、この店にぼくらを連れ込んだようだ。だが「どうやって喜ばす」のかまでは想像していないように見えた。ぼくたちは彩子の氷をグラスに入れる仕草や「お姉ちゃん」とやらに抱きついた顔を思い出していた。 「これがお礼って何を考えてるんですか、彩子は」 「ねえ、絶対に何も考えてないよ」 「どうしたらいいの?」  ぼくの一言に、ヒツジコとユキノジョウが額を揉み込んだ。二人はずっといっしょにいるせいか、動きがよくシンクロしている。 「おごりらしいですよ。ラッキーと思うべきでしょうか」 「こんなことしたらキエロと視聴者さんから嫌われちゃう」 「わたしはもっと普通の人がいい」  ふうっとため息をつくと、ヒツジコが苦笑した。 「帰ります?」 「……彩子に悪気はないからねえ」 「彩子に、これはおかしいと伝えるべきじゃない?」  ユキノジョウが「誰が、どうやって?」と聞いた。ヒツジコが「言い出しっぺ」と言う。ぼくは首を振った。ぼくは「最初はグー」と拳を振った。 「じゃんけーんぽい」  ヒツジコとユキノジョウがグーだった。ぼくがチョキだった。言い出しっぺが負ける法則だ。ちょうど、ぼくたちの話し合いの終わりを待っていたかのように扉が叩かれた。 「どうしたの?」  彩子だ。ぼくたちは頷きあうと、扉を開いた。彩子が手を振り上げた状態で首を傾げている。ぼくは彩子の腕を掴んだ。彩子は不思議そうにもういちど「どうしたの?」と言った。ぼくは首を振ると、彩子を連れて店の外に出た。ヒツジコとユキノジョウが「残されても!」と声をかけてきたが、聞こえないことにした。彩子は後ろを振り返り、意味がわからないわという顔をしていた。  ぼくは彩子の腕を引きながら、どう話せばいいかなと考えていた。こんなことをされても困ると言えばいいのだけど、どうして困るのかちゃんと説明するのも気まずい。いつのまにか彩子はぼくの影を踏んで遊んでいる。この子はまず、いくつなのだろう。成人しないと思うが、ぼくを含めて、この街では年齢不詳が多すぎる。 「……彩子、年齢はいくつ?」
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