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 彩子はきょとんとした。興味がなさそうな、どうしてそんなことをいちいちこの人は聞くんだろうな、という様子だった。 「ハイドは?」 「…………」  ぼくはちょっと考えて「十六」と言った。ぼくはまだ造られてから十年もたっていない。それを正直に告白したところで、嘘だと思われるだろう。十六にしたのは、ユキノジョウとヒツジコも十六だからだ。 「ヒツジコたちも十六と言っていたね。みんなタメなのか、そうか」  彩子はぼくの手を取って「じゃあ、彩子も十六にする」と言った。 「彩子もって、それでいいの?」 「うん、みんなと同じがいいもん」  指をくるくると回して、彩子は笑っている。 「ハイド、みんな待ってるよ、お話したいって」 「わたしはいい」  ぼくが本当にいいと思っているのが伝わったようだ。彩子は非常に残念そうに「なんだ」と言った。彩子はぼくの影を踏むことに飽きたようだ。今度は足音を合わせている。 「あの店の女性は知り合い?」 「うん、いっしょのホテルで育った。よくしてくれた。仲はよかった、本当のお姉ちゃんみたいなものだった」  彩子はふっと前髪に息を吹きかけた。すべてが過去形だ。彩子の顔は悲しげでもなかったので聞いてみた。 「久しぶりと言っていたけど、今はいっしょではないの?」 「男の人ができたからいっしょに暮らすためにお姉ちゃんたちは出て行った」 「そう」  ポケットから彩子は煙草を取り出した。差し出されたので、一本もらう。彩子は火をつけると、深々を煙を吐きだす。 「お姉ちゃんみたいなものだったから、みんなと仲良くしてもらいたかったのに」  彩子はがっかりしているようだった。ぼくは「あそこの店は、どんな店か知っているの?」と聞いた。彩子は「知ってるよ」と頷いた。 「みんなが彩子と同じものを共有してくれたら、うれしいもん。だからここなんだ。他だったら連れてこなかったよ」  ぼくはつい大人ぶった笑みを浮かべてしまう。ようするに彩子は子供だ。ぼくたちの仲間になりたくて仕方ないのだ。 「こんなことをされても、困る」  笑ったままのぼくに、彩子は不思議そうな目でちらちらと見上げてきた。 「困る?」 「わたしたちは、自分で相手を選ぶ」 「……恋人がいるとか?」  ぼくは首を振った。「みんないない」と言うと彩子は「ならよかった」と笑う。 「ならよかった?」 「みんなが他に大切なものあったら、寂しいから。彩子はみんながいちばんなの。みんなもみんながいちばんだとうれしい」 「そういうこと」 「そういうこと以外、何がある?」  何がある。単純な質問だった。ぼくは何があるんだろうなと首を傾げた。ぼくの真似をしながら、彩子は腕時計を見た。時計は十二時をさしていた。 「もう十二時」  ぼくが呟くと、彩子は首を振って「一時間十五分進んでいる。まだ昨日だよ」と言った。 「どうして進んでいるの?」  十分や五分ほど、時計を進ませるという人を見たことはある。だが、一時間ほど進ませる人は彩子が初めてだった。そんなんじゃ見にくいのではないだろうか。 「みんなは朝に帰るからね。だいたい六時だろう、解散の時間は」 「そうだね」 「この時計を見て、五時半だったとする。そうしたら、あと三十分しかみんなといられないじゃないか」 「しかし、その時計は一時間十五分進んでいる」 「一瞬焦るが、こう思う。あと、一時間四十五分いっしょにいられる。そう安心できる。それにこの時計が六時になっても、まだみんなといられるから。まだ帰らない、みんなまだいっしょなんだ」  彩子は時計を撫でて「変わってるかな」と言った。ぼくはまた首を傾げて、「そうかも」と返した。 「時間の流れがゆっくりになるわけではない」  ぼくの言葉に彩子は肩を揺らして笑った。俯いて「それでもね」と呟く。笑っているのに、胸にちくりとくる、切ない響きだった。
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