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 冬のシークレット・ガーデンは柚子の香りみたいにきつい空気が流れている。空は相変わらずの灰色だ。夏では寂しく思えるその色も冬ではやけにしっくりきた。サングラスをつけて街を見ているみたいだし、古い映画を見ているみたいにな気持ちになる。春も夏も秋も、どの季節も素敵だけど、いちばんカッコいいのは冬だ。シンセサイザーの音が似合うし、夜景も宝石を散りばめたみたいに見えるし、なんていうか、華やかなんだ。  ストアに顔を出すと、レジにいたおばちゃんが何も言わなくてもぽすっと煙草を渡してくれた。ちょっと恥ずかしい。銘柄を覚えられるのはうれしいけど、覚えられるほどここに顔を出しているのかと思うと、こそばゆくなる。  ストアの外ではユキノジョウが鍋を抱えてぼくを待っていた。長く伸ばした髪をてっぺんでまとめてお団子にしている。ソフトクリームみたいな髪がゆらゆらと揺れていた。午前中なので、まだ眠いのだろう。ユキノジョウは目を擦ったり欠伸をしたりしている。 「お土産はまた煙草?」  鍋のふたを開けながらユキノジョウが言った。ふわっとおでんの匂いが道に広がっていく。  ぼくは煙草をポッケに入れて、ガードレールに腰をかけた。ストアのドアの向こうに、白い髪の赤い目の少年が顔を見せる。髪色と赤い瞳が特徴なやつは、この街で一人しかいない――ヒツジコだ。ぼくから遅れて出てきたヒツジコは、両手に鉢植えを抱えていた。緑の平べったくて太い草がはみ出ただけの、なんの花かもわからないものだ。 「ハイドもユキノジョウも、いつも同じ品ですよね。バリエーションというか、変化をつけましょうよ」  そう言うヒツジコもいつも花を持ってくる。変化はあるにはあるけど、持ちネタが同じことには違いない。偉ぶるだけあって、センニチコウとか、ブーゲンビリアとか、この街の花屋では見ないようなものばかりだけど。確か先月は普通のもので、真っ赤な薔薇だった。 「彩子、きっと煙草と砂糖しか口にしてないよ。だからよけい弱るんだよ。おれがちゃんと食べさせないと」  どこか自慢げにユキノジョウが鍋の中身をヒツジコに見せた。鍋の中身は白いはんぺんだけが浮いている。それしかないので、消しゴムが浮いているみたいだ。そう言うと、ユキノジョウは頬を膨らませた。「食べられないと、そんな感想も出るかもね」と舌を見せてくる。 「だいたい彩子は煙草がいちばん喜ぶ。何、ヒツジコの鉢は」  ぼくはポッケから自分の煙草を取り出して火をつけた。メンソールのきいた煙草は酸っぱい匂いがする。梅干しと、ミントを混ぜたような匂いだ。 「ライラックですよ。春になったら咲きます。わざわざ頼んで取り寄せてもらいました」 「ねえ、普通さ、花が咲いた状態のものをあげない? お見舞いの品だよ」  ユキノジョウは唇をアヒルのようにしてヒツジコにウインクした。ユキノジョウの、ユキノジョウらしい作り笑顔だ。ユキノジョウは少年のくせに容姿だけは美少女なのだ。ついたあだ名が「ガールボーイ」。そんなんだからユキノジョウは容姿に関して開き直っているのか、よく可愛らしい表情を作る。  ヒツジコが「うわーユーちゃんマジキュート」と顔も見ずに返した。ユキノジョウとヒツジコは幼なじみだ。見ないでも、ユキノジョウがどんな表情かわかるらしい。 「花は世話をした時のほうが、きれいに見えるものでしょう。それに彩子はもっと未来に希望を持つべきですよ。それを学ばせるためにもいいじゃないですか」  ユキノジョウは鍋のふたを閉めて「希望ったら、スノードロップのほうがいいんじゃないの? 花言葉が希望じゃなかったっけ」と言った。ヒツジコはきゅっと目を細めて「それは次にしようと思ってました。スノードロップは来月からが季節ですからね」と返す。ぼくはヒツジコの頭を叩いた。 「痛い。何をするんですか」 「ひどい。来月も絶対に倒れるみたいな言い方をするなんて。普通は倒れないように祈るべき」 「だって、仕方ないでしょう。……実際そうなんだから」  ユキノジョウが「いいからいいから、もう行こうよ」と歩きだした。ぼくとヒツジコはちょっと睨みあって、同時に息をつく。 「彩子は、大丈夫だろうか」  ユキノジョウが振り返って「大丈夫だよ。きっといつもみたいに機嫌悪いくらいだよ」と笑う。ヒツジコも「ハイドは深刻に考えすぎですよ」と笑っていた。  友達が寝込んでいる。それも、たまにのことじゃない。いつものことだ。それなのに、どうして二人は笑っていられるのだろう。ぼくはガードレールを蹴った。ぼくができるのは、お見舞いに行って、彩子の好きなものを持っていくだけだ。暗い表情をしても、彩子のためにならないことはわかっているけど、二人のように笑うことができない。  ぼくが深刻に、暗くなることが彩子がいちばん嫌うことだと知っているけど。 「ぼくが寝込んでも、そんな顔をしてくれないのに……」
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