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「気持ちいいよな、ここって。一人になりたい時にここに来るんだ」  ぼくを気にせず先に歩く三号についていくと、辿りついたのは線路だった。まだ廃線にもなっていない場所だ。それでも三号は気軽に線路に座りこむ。ぼくがキョドキョドと周りを見回していたら、三号は天を仰いでバカにしながら肩をすくめる。 「座ってるんだぜ。振動がきたらどきゃいいんだよ。本当、そんなビビりでよく暮らせるな。ダッセー」  ぼくは何も言い返せず、三号の隣に座った。本当に危険になったら、三号を抱えて避けるよう努力すると誓いながら。  案内してきたくせに、ぼくが座っても三号は何も言わなかった。鼻をつくような風に気持ち良さげに目を細めている。暖房が少し強めのホテルだったので、冬でもレモンみたいに清涼感のある風なのだろう。  ぼくも聞きたいことは山ほどあったけど、風に意識を向けた。どこからか吹いて、ぼくの知らない場所へ消えてしまう風。それが吹きかけて遠くに行ってしまう感触がよく感じられる。確かに、心地は良い。誰も来るはずがないから、一人でいるのには適している。 「おれ、同室のやつらと歳が離れてるんだよな。ずいぶん昔は遊んでたけどさ、もうやつらはおれの遊ぶことを卒業した」  ぽつりと三号は言った。やれやれと言いたげで、寂しげではなかった。 「いくつ、離れているの?」 「お前って脳内平和だよな。本当にデクノボウだよ。こんな街のガキだぜ、正確な年齢なんて知らねえよ。まあ、見てわかるくらいだよ」  ぼくは首を傾げた。そういえば、正確な年齢がわかるのは生まれた時から養父のいたユキノジョウだけだ。ヒツジコはユキノジョウに合わせて年齢をつけたといった。彩子もそうだ。 「昔、同室のやつらと、その仲間でさ、秘密基地なんか作ろうとしてよ、ってもあのおれの使ってる部屋の中だけど。三段ベッドの一番上に箱なんか置いてさ、そこが秘密の相談室ってわけよ。何かが、なんでもいいよ、猫が子供を産んだとか、そういうことを報告してどう動くのか話し合ってた。遊ぶのはそこでよ、大貧民とかしたっけ。いつも負けるのは一番小さいおれ。たまに勝てると面白かったな。秘密基地は彩子にだって内緒だったんだぜ。鍵閉めて、合言葉を言わなかったら入れなかった。ある日さ、どうにか合言葉を入手した彩子が堂々と合言葉をでっかい声で言ってきたんだよ、でも残念。それは古い合言葉。もう新しいのに変えていた。彩子、悔しがってたなぁ」  懐かしそうに三号は話す。子供のくせに、子供に帰ったみたいに、ワクワクした響きがあった。三号にも、ひねくれないでいて、素直な時代があったのだなと、ぼくは聞き入った。秘密基地、合言葉。なんだか心躍る響きだ。誰かと小さな三号が、そこで確かに笑い合っていたのが伝わってくる。  ぼくも子供の体に作られていたら、そんなことをしてみたかった。そう思わせるには充分だった。でも、ユキノジョウやヒツジコはそんな遊び、とっくに卒業しているだろう。今更、そんなこと言い出せない。  だから、同じ種族の仲間を見つけた気分で三号に身を寄せてしまう。 「合言葉は、いったいなんだったの?」  ふんと三号は鼻を鳴らす。誇らしげに見えるのは気のせいじゃないだろう。 「教えるかよ。おれたちだけの秘密だぜ。おれたちだけ……っても、あいつらはもう忘れてるか、簡単に誰かに教えるんだろうけどさ」  三号は胸を張って「おれだけが今でも守ってる。幻想神羅団の合言葉」と笑う。から笑いなのは、ぼくでもわかった。昔の思い出と合言葉を忘れず、明かさない三号は、それが虚しい行為だと気づいている。三号は誰もいなくなった城を守る、忘れられた国の兵士のようだ。もうそこの時は進まない、誰も帰ってこない、なのに動けない。大切なものがあったからだ。  三号は十歳かそこらにして、感傷を知っている。 「幻想神羅団っていうのは、もしかして、そこで集まっていたものたちのチーム名?」 「うん」  それでもにこやかに三号は頷いた。珍しく、年相応な幼い声。 「でも一年も持たなかった。やつらは新しい遊びを見つけるんだ。おれはまだ、秘密基地の中にいたかったけど、飽きたら仕方ねえよな。おれはその新しい遊びについてったよ。精一杯背伸びして、年上の中に入りたかった。本当は秘密基地の中にいた時も背伸びしてたんだ。怪獣ごっこなんかやりたかったけど、一所懸命大貧民やってた」  そうして、ようやく三号は少しセンチメンタルな顔つきになる。 「そうして、背伸びしてついてったけど、いつしかやつらはおれをハブるようになった。ついてったけど話には入れてくれない。おれにこんな話はわからないって言うようになった。で、もう入るなって本格的に置いていくようになった。これで終わり、おれがなかなか部屋に帰らない理由。もう合わなくなったからなんだよ」  北風がぼくと三号の間を通り過ぎていく。三号は寒そうなそぶりを見せずに、空を見上げた。
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