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なんでそんな話を、悪態ばかりついてくるくせに、ぼくに語ったのだろう。とても個人的で、誰にも、そう、彩子くらいにしか話してなさそうな話だ。
疑問に感じながら三号を見ていると、尻からコトコトと振動がした。三号が飛び上がって線路から離れる。ぼくも立ち上がると、三号の隣についた。
電車が来るまで、置いていかれた三号の気持ちを思う。それで彩子がよく歌っている曲を思い出した。魔法の竜の歌。大切な友達がいたけど、友達は新しい遊びを見つけて、魔法の竜のもとにやって来なくなる。魔法の竜はひとりぼっちになる。そんな歌詞だ。寂しくて、切ない曲。
魔法の竜は、三号のことなのだろうか。それとも誰しもが、いつかは魔法の竜だったのだろうか。ぼくもなるのだろうか。
それとも、置いていく友達側になるのか。ぼくが、アリスを忘れつつあるように。
「三号は新しい友達を見つけないの? ホテルに同じくらいの子は?」
「間抜け。ランドマークはいいよな。あの赤目とガールボーイ、幼なじみだって? セブンは、ナツキさんたちくらいだぜ、続いてるの。なあ、おれは友達見つけて、また別れろってのか? だから適当な付き合いでいいんだよ。彩子は、まあ、他よりちょっとは仲がいいけどよ、今はお前らの彩子だろ。そんなんでいいのさ」
電車が突風を連れてぼくたちの前を通り過ぎた。乗客が目にとまったと思えば、素早く去っていってしまう。
三号はぼくとは違い、すでに達観している。それは悲しいことに思えたが、口にするのは失礼な気がしてやめた。
電車が通り過ぎると、また三号は座り直す。ぼくは立ったまま、過ぎ去った電車を見ていた。時の流れは電車と似ていると思いながら。ただ向かう方向が同じだから同じ空間にいた人たち。目的地が違えば、降りていく。
「わたしにどうして思い出話を?」
「デクノボウ。本当に察しが悪いな、お前。おれがただおれのこと知ってほしくて話すかよ。一応、彩子はおれのこと気にしてくれてるからな。ナツキさんを紹介してくれたりよ。だから、彩子に礼を返そうとしてんだ。あんまりにも、お前らわかってねえんだもん」
「彩子が何か?」
「お前らを前に、彩子も背伸びしてるってことだよ」
三号の言葉に、ぼくはまた首を傾げた。確かに出会いはじめは、彩子はぼくたちという三人組の中に、急いで追いつこうとするみたいにくっついてきた。でも最初のうちだ。彩子はいつもぼくたちを引っ張って遊びに連れていくようになった。ちょっと前にぼくたちが卒業したような、鬼ごっこやかくれんぼなんかを好んでいる。ぼくたちはそれを歓迎した。遊びの中心にはいつも彩子がいる。背伸びなんか、彩子はする必要がないじゃないかと、思った。
三号はそんなぼくに鼻で笑って、軽く蹴ってきた。
「彩子は女じゃねえか。一人だけ女。喧嘩はまあ女同士ならそこそこ勝てるだろうな。男でも場合によっちゃ、タイマンとか痛い目には合わせられるかも。自爆覚悟で殺すなら、できるかも。でも集団には逃げるしかない。体格がちげえんだもん」
「そんなの、わたしたちが相手すればいい。わたしたちは四人組だ。みんな同じだ」
「お前はどうなんだよ、デクノボウ。お前の喧嘩に、赤目やガールボーイ、彩子がしゃしゃり出てきて助けられたら? 悔しくねえのかよ」
「それは……」
ぼくは言葉を切ったが、でも続けた。
「しかし彩子と仲良くなれたのは、彩子がリーゼントに絡まれたのを助けたからだ。彩子はその時、楽しげに見ていた」
「最初はよかったかもしれねえよ。でも今回みたいに、全員が一人を狙われて、一人だけ勝てなかったら? なあ、お前だったら言えるか? わたち弱いから負けちゃいましたーみんなー仕返ししてーうえーんって泣きつけるのか?」
ぼくは唇を尖らせると、首を振った。そんなことできるはずもない。プライドの問題だ。なんとか一人でもやり返せる機会を窺う。
「彩子は悔しいんだよ。荒れてる彩子をおとなしくしてさせるの、一苦労だったぜ」
「そんなこと……わたしたちに知らせてくれれば」
「まだわからないのか? デクノボウ、一回死んでこいよ」
三号は石を拾うと、遠くに投げた。ぼくは三号の顔を見つめたまま、考える。
彩子は悔しがっている。ぼくたちができたのに、自分だけできなかったことをだ。
ぼくたちは彩子を女の子として見ていた。アリスのようにマドンナではない。ぼくらという、一つのピースとしてだ。でも、守るものとして見ていた。口に出さずとも、その視線は彩子に疎外感を与えていたのだろうか。
廃工場で彩子を抱き上げた時も。
好戦的な彩子の瞳を制した時も。
ユキノジョウとヒツジコの喧嘩で、関係ないと言われた時も。
「わたしたちは、彩子といっしょにいたつもりでも、そうではなかった?」
三号は呆れたように両手を広げて、ぼくみたいに首を傾げる。
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