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 彩子はどうしてあんなことをしていたのだろう。そして、熱を出してもこちらに来たのは昨日のこともあるのだろうか。  それなりに片付けが終わって満足していると、ベルの鳴る音が聞こえた。ユキノジョウが「はいはーい」とドアを開けると、ヒツジコがビニール袋を持って立っていた。たたんだ傘を外の管にかけて、フードを外す。 「あれ、綺麗に片付けましたね。ところで彩子は?」  部屋を見回して、トコトコと入るとテーブルの上にビニール袋を置く。中には小さめのゼリーなどが入っていた。そこに、飲みかけの風邪薬が入っている。 「彩子はお風呂だよ。傘が壊れたみたいで濡れてたからあったまれって入れてる」 「風呂、ですか」  何故かヒツジコは眉を寄せた。頭を掻いて、ぼくの片付けを手伝い始める。たくさんある本を一巻から並べた。「これ捨てるんですか、くださいよ」と小説を指さす。ヒツジコはこの街の子供にしては本をよく読む。『雪国』の冒頭を言えるのは、多分この街でヒツジコくらいだ。 「ダメ、これはまた読み返す」 「ハイドってフェイクヒューマンってやつでしょう。完璧記憶できるんですから、本は一回読めばよくないですか?」 「本を捲る感覚が好き。ヒツジコこそ電子書籍でも読めばいい」  そんな会話にユキノジョウがため息混じりに文句を言ってきた。 「あーアナログ好きってこれだからやだよ。場所取るっていうのにさ」  ぼくとヒツジコは肩をすくめる。反論する気もなれずに黙々と作業を続けた。片付けてみると、本が床に重なってはいるが綺麗な部屋になってくる。  満足していると、ちょうど彩子がバスルームから出てきた。上気させた頬に、ダルッと大きなぼくの寝巻きを着ている。腰はゆるかったのか何回も折り重ねていた。乾いた髪をよく見てみると、綺麗に切り揃えてあることがわかった。  潤んだ目でヒツジコを見ると、よっと手をあげる。 「薬持ってきましたから、何か食べて呑んでください。そしたら寝てください」 「えー、せっかく遊びに来たのにかい?」  汗をかいて気がよくなったのか、彩子は元気よくぽふっとベッドに座る。ヒツジコがゼリーを渡すと、蓋を開けた。勢いよく中身の汁が飛び出て、手を犬みたいに舐める。何が面白いのか、にこにこと彩子は笑っていた。本当に元気なもんだ。 「遊ぶは遊ぶって何をするつもりなんですか」 「わからないけどさ、パーっと色んなこと忘れるようなことさ」  彩子はゼリーを口に入れながら、数秒無表情になった。それをぼくたちは見逃さなかった。ヒツジコは露骨に彩子の顔を覗き込んでいる。ホットミルクを作っていたユキノジョウはかき回す手をとめた。ぼくは昨日の彩子を思い出していた。 「ねえ、何かあったの?」  ユキノジョウはまたミルクをかき混ぜ直しながら聞いた。彩子は大きく目を開けて、天井を見つめる。あの彩子の、何かに負けんとする瞳が蛍光灯に照らされていた。ゼリーを食べながら、口を開きかけるけれど、彩子は何も言い出さない。怒ったような瞳は輝いて、天井をすり抜けて雨空でも睨んでいるみたいだった。  しばらくそうして、ため息みたいに切り出す。 「彩子が綺麗に化粧して、髪を整えて、ドレスでも着てたらどう思う」  言葉にすると何か嫌だったのか、珍しく彩子は一気にゼリーをかきこんだ。ゴミ箱に空を捨てると、髪を引っ張る。ヒツジコは鼻で笑うと「馬子にも衣装になるんですかね」と言う。彩子は何も答えなかった。相変わらず雨雲を睨むように、一点だけを見つめている。彩子は何かに納得していないようだ。 「ねえ、別におれも女装してるけど。って、そういう答えを待ってるわけじゃないか」  ホットミルクを鍋からカップに入れて、ユキノジョウはぐるぐると砂糖を混ぜる。彩子は動かない。ただ手をぎゅっと握りしめていた。爪が食い込むんじゃないかと思わせる拳が震えている。それでぼくはようやく彩子が悔しがっているのだとわかった。 「髪色みたいな赤いルージュに、赤を引き立てるための黒いドレス。ビーズやなんかをつけたもの。シンデレラみたいに、綺麗に仕立て上げられた彩子。ダボダボのトレーナーやシャカシャカなんか着てない彩子。走るのを禁止するみたいにヒールをはいて。そう、普通の女の子だったら、シンデレラ気分で、お姫さまになったように感じるみたいなの、そんな彩子」  ぼくは昨日の彩子を思い出していた。お姫さまになった彩子は、そのドレスを躊躇なく引き裂いていたのだ。 「しかし、彩子はそうは思わないのだろう。シンデレラ気分で、お姫さまな自分に酔わない。それが彩子ならば、そうであろう」 「彩子の気持ちなんかじゃない、みんなはどう思う?」
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