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 ヒツジコがいじけた声を出した。このヒツジコもよく熱を出す。あまり体が強くできていないのだ。そのくせ、自分の貧弱さを思いやらないことをする。ほぼ自業自得で寝込むのだから、心配する気も起きない。 「ヒツジコと彩子は違う」 「違いませんよ。そんな体質に生まれただけなんですから」  前を歩いていたユキノジョウが呆れたようにぼくたちを見ていた。ぼくは首を振ってユキノジョウの隣に並ぶ。  倒れた友達、彩子のお見舞いに行くために。  彩子の住む建物は、ぼくたちが住むランドマークという場所から二駅離れた場所にある。二駅だから歩いていける距離だし、同じシークレット・ガーデンと呼ばれる街だ。この街の子供たちには、セブンという名前で呼ばれている。  セブンはいわゆる歓楽街だ。夜はいつでもびかびかに輝いている。今は午前中なので、夜のようにけばけばしいムードはない。ゴーストタウンみたいに寂びれた空気が流れているだけだ。夜に主役になれる町並みを見ていると、ある俳句を思い出す。「つわものどもがゆめのあと」ってやつだ。シャッターが下りた店と、酔っ払いの落し物と、カラスの鳴き声は、寂しいよりも虚しい気分にさせる。眠らない街なんて言われてるくせに、太陽が昇ればバカみたいに静かって、なんかインチキだ。 「ここが静かなのって、なんか不気味だよね」  夜の顔を見慣れているユキノジョウが不安そうに建物を見上げている。 「ここいらがいちばん激しいらしいですからね」 「だから余計かもしれない。ゾンビでも出てきそうじゃん」  ユキノジョウはちっと舌打ちをした。シークレット・ガーデンでも争いごとが多いのはセブンだという。ランドマークよりも、子供たちが凶暴な性格をしているのだ。それは「中心人物がいないから」らしい。ランドマークには管理人と呼ばれる子供たちの中心人物がいる。セブンにはたくさんの子供たちのチームがあるけど、それらをまとめるものがない。だから抗争が起こりやすいそうだ。「昨日の友は今日の敵っての、ここではありがちなんだよ。だから、みんなちょっと気を張っちゃうんだね」と教えてくれたのはユキノジョウだった。 「二人とも、気をつけてくださいね」 「気をつけるって何を」 「二人とも有名人じゃないですか。どこぞのバカが調子に乗って、倒せば名が上がるとか思うかもしれませんよ」  これにはぼくもユキノジョウも笑ってしまった。この中でいちばんの有名人で、それも倒せば名が上がりそうだと思われるのは、ヒツジコだからだ。ヒツジコはまさか自分がそんなふうな評価をつけられているとは考えていない。ヒツジコは唇の端をくいっと曲げて、皮肉屋っぽい笑みを浮かべている。「こいつらはもうちょっと他人の評価を気にするべきだ」と言いたげだ。そっくりそのままお返ししたいと、ぼくは思った。ユキノジョウもそんな顔をしていた。  ヒツジコには華があった。カリスマ性があるわけではない。でも、仲間うちでなんとなく目を引いたり、目立ってしまうやつっているだろう。この街の子供たちは猫みたいにすぐ喧嘩やら縄張り争いをする。だから喧嘩なんてどこかしらで毎日起きているのだけど、ヒツジコの喧嘩だけはどこでも誰でも話題になった。ぼくが擦れ違ったやつと殴り合っても、みんながそれを知っているなんてことにはならない。ヒツジコの殴り合いは二時間もたてば、街の子供たちはみんな知っていた。 「おれにはハイドがいるから大丈夫だよ。ねえ、ハイド。なんたってロボットなんだから」  とユキノジョウを顎でさしてきた。ぼくは「フェイクヒューマン。ロボットに近いものであってロボットじゃない」と訂正を入れる。ぼくは人間ではない。フェイクヒューマンというロボットに近いものだ。ここはぼくとして、けっこう重要な部分なのだが、ユキノジョウはわざとロボットと言ってくる。ぼくが嫌がるのをわかっていてだ。このやりとりは何回したのだろう。ずっとやっている気がする。だとしたら千回くらい、ぼくはユキノジョウに「ロボットじゃない」と訂正したのだろうか。  ぼくがユキノジョウとヒツジコと仲良くなったのは二年くらい前だ。その時からずっとこうやっていっしょにいる。そのせいでぼくたちは、シークレット・ガーデンの子供たちの間で「三人組」という認識をされていた。ぼく、ユキノジョウ、ヒツジコ、で一つのような扱いを受けていたのだ。これには他にも理由がある。ぼくが来た最初の年でアリス・ブルー事件という殺人事件が起こった。女優志望の少女、通称アリスが惨殺死体で発見されたのだ。アリスはぼくたちの友人であったため、犯人探しをした。街中の子供を巻き込んだ事件となった。ぼくたちが三人組という扱いを受けたのは「アリス・ブルー事件の中心人物の三人組」というものもあった。
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