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 ヒツジコが真剣な表情でハンドルを握っている。赤いカブリオレはふらつきながらもスピードを増し、そのたびにクラクションを鳴らされる。僕は気が気じゃなかったんだけど、ユキノジョウも彩子もヒツジコが運転をミスしそうになるたびにケラケラと笑っている。  その日、僕たちは車に乗っていた。知り合いであるランドマークのボスから車を借りて、ヒツジコは「久々ですね」と軽い口調で運転席に座ったのだが……。 「ヒツジコ、車の運転したことある?」 「に、二回目」 「二回目?」  前のめりになりながら必死にハンドルを握る様子に、助手席の僕は焦った。彩子は後部座席で爆笑して、腹を抱えている。キーィッと激しいブレーキ音が耳に届く。ヒツジコは赤信号も無視してそのまま進んでいるのだ。 「ちょっと待って、わたしが運転代わる」 「うるせえよ、ハイド! 運転集中できないから黙れ!」 「信号無視してるくせに、集中?」  無法地帯でも、いやだからこそ余計危ない行為だ。ただでさえ危険運転が多いのだ。ちょっとしたことで事故になりかねないし、目をつけられて追い回されるのもごめんだ。それなのにヒツジコはハンドルにしがみつきながらも、どこかスリルとサスペンスを楽しむように軽く笑っている。  口元を押さえながら前に身を乗り出し、ユキノジョウが説明してくれた。 「ヒーちゃんとおれでね、昔に車乗ったんだけど」 「だけど?」 「信号もとまらず進むっていうゲームだったんだ」  これにはたまったものじゃない。僕はヒツジコの首を掴むと必死になって代われ代われと叫んでいた。 「みんな、バカだ。こんなんに運転任せるなんてさ」  彩子が笑いながら言う。 「クレイジーだよ。でも最高じゃないか、ヒツジコ、もっとスピードあげてよ」 「わかった」 「了解しないで!」  ぼくの悲鳴のような叫びも起爆剤になるようで、爆笑の渦の中に取り込まれてしまう。ぼくはシートベルトを命綱のように掴まりながら、ヒツジコをどうにか説得しようとする。ここで終わるのは勘弁だ。  ぼくはそこで冷静になった。これは自動運転のできる車だ。ぼくも侵入を試みて運転をしたことがある。ヒツジコから操縦権を奪ってしまえばいいのだ。ぼくは黙ると、車の電波の綻びのようなものを探した。そうしていると、彩子がツンツンとぼくを突いてくる。 「どうしたのさ、ハイド。もう観念したのかい?」 「いや……」  ガタンと車が揺れた。前に乗り出した彩子がステンとこちらに転がってきそうになる。ユキノジョウがそれを押さえて、後ろに引き戻す。彩子はキャッキャと笑っていた。ユキノジョウに抱きついて、高く高く声をあげる。おたけびみたいだ。彩子は危険が増すたびに楽しそうに、透明性を持って笑う。見惚れそうになっていると、またブレーキの音が響いた。またしても車内が揺さぶられる。ギャリリとアスファルトを切り裂く感覚がしたかと思うと、半回転になって車がとまった。 「着いたぜ……いや、着きました」  よっぽど必死だったのだろう。素の言葉に戻っていたヒツジコが敬語に言い直して、後ろを見た。彩子は口調の違いを特に気にせず、まだ苦しそうにお腹を抱えている。 「帰りは、絶対、わたしが運転する」  侵入せずに無事済んだことを安心しながら、ぼくは息を深く深く着いた。あんなのは金輪際、経験したくない。そんなぼくの頬を人差し指で押すと、ヒツジコが呆れたような顔を見せてくる。ユキノジョウも両手をあげると、やれやれと言いたげに首を振った。 「とか言って、ハイドも運転は荒いじゃないですか」 「ねえ、ヒーちゃん。スピード狂だよ、ハイドも」 「ヒツジコよりはマシ。これは確か」 「誰が運転しても危険なんだろう。そんなことはいいさ、早く駐車場にとめて、行こうよ。ねえ?」  彩子がキラキラとした目でリュックからたくさんのインスタントカメラを取り出した。ぼくはシートベルトを外しヒツジコの首を掴むと、無理にこちらに寄せて運転席に体を滑り込ませる。二人で座るとさすがに狭すぎて、ヒツジコが追いやられながら助手席に移る。 「信頼ないですね。それくらいなら、ゆっくりやりますよ」 「ヒツジコはもう信用できない。もう二度と乗らない」  そう言ってぼくは安全運転で、空いてる場所へと車をとめる。彩子は我慢できないように窓の外を見ていた。屋根が開けられる季節だったら、思いっきり空に向かって手を伸ばしていたことだろう。それでぼくも今日は何をしにきたかを思い出す。
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