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 あとは、ぼくがユキノジョウとともに暮らし、ユキノジョウの営むおでん屋で働いていたことと、ユキノジョウとヒツジコが幼なじみというものもある。ぼくという個人はマジシャンなんて言われているが、たいした知名度はないのだけど、ユキノジョウは容姿から子供たちの間ではマスコットのように扱われていたし、ヒツジコは顔が広いので誰にでも頼られていて、二人はとりあえず昔から有名だった。たぶん、ぼくが来る前は「ユキノジョウとヒツジコ」のように言われていたのではないか。それにぼくが加わり、「三人組」に変わったのだろう。  ぼくはこの街に来てからの、ほとんどの時間をユキノジョウとヒツジコと過ごした。ユキノジョウとは毎日顔を合わせているのだから、せめて遊ぶ時くらいは他の人間の空気を吸いたくなりそうなものだ。だけど、ぼくはユキノジョウとつねにいっしょにいた。これにも理由があった。くだらない理由だ。  ぼくとユキノジョウ。そしてヒツジコ。この三人組は勝手に他人につねにいっしょにいるように言われていた。ぼくが一人で他のグループと混じれば、他のものに「あれ、今日はユキノジョウは?」と聞かれるし、他の二人も「ハイドは?」などと聞かれる。いっしょにいて当たり前だろうという空気に、ぼくら三人は「そうか、そばにいなければならないのか」と思い込んだ。ぼくたちの中に、誰か一人や二人、交わることはあっても、ぼくらの中の一人がどこかに交わるということはなかった。決まった面子の決まった時間が続いていた。約束、というものはぼくたちにはなかった。当たり前のように顔を合わせ会話を交わす。会うことが当然だった。  もちろん、ぼくらも喧嘩くらいしたことはある。それでも、毎日いるようなやつらは誰でもそうであるように、仲直り、や、謝罪、のイベントもなく、一週間口を聞かないことが続いても、いつのまにか元に戻っていた。  それでも、ぼくたちは他人が期待するように「三人しかいれないぜ」という姿勢をとっていたわけではない。他にも一人、ぼくたちと仲良くなったやつもいた。キエロという少女だ。キエロはこの街の出身ではない。外の街からやってきて、しかもお嬢さまだった。金持ちの娘ってやつだ。そのせいか、それとも他にも理由があるのか、他の人たちの考えなのでよくわからないが、キエロがいてもぼくたちが三人組であることは変わらなかった。他人から見ると、ぼくとユキノジョウとヒツジコしかいないようだった。  そのキエロはといえば、夏から実家に帰ってしまっていた。というのも、キエロは家出少女に近い身分で、いろいろな事情をほっぽらかしにしたまま家を飛び出ていたからだ。キエロはちゃんと親と話し合って、自分の意見をぶつけて、今後問題になるであろう財産問題などを解決してくると話し、ぼくたちの前からいなくなった。たまに連絡がくる。「ちゃんとね、家のこともどうにかして、それで、ちゃんと、みんなの中に入りたいの」とキエロは話していた。ぼくが勝手に思っているだけなのだが、「三人組」の中に入れないのが嫌だったんじゃないかって。  本当にそれが理由だとしたら、今のぼくたちはキエロに寂しさを感じさせるだろう。今年の秋までの話だからだ。ぼくたちが三人組だったのは。  風が吹いた。フライヤーがかさかさ音をたてながらコンクリートの上を滑っていく。  線路に沿いながら進むと、どんどん陰気でひっそりとした建物が増えていく。鼻につくような石鹸の匂いが強くなった。その中でも目立つ無駄に派手な造りのホテルと、隣には恥ずかしげな細長いマンション。こんな場所に住むって、どんなものなんだろう。あんまり考えたくない。  彩子の住む建物はそんなごちゃごちゃした場所にある。昔はホテルだったらしい。潰れて放置されたホテルに子供たちが溜まってしまったので、そのまま身寄りのない子供たちを収容する場所になったという。ぼくたちは階段を上り、元ホテルの中に入った。入るとすぐ見えるのはロビーだ。そこにはソファがあったり、テレビがあったりで、みんなの団欒室のようになっている。何人かの子供が振り返り、ぼくたちを見た。すぐにふいっと顔をそらす。みんな、何かをやったりする様子はない。やることがないのだ。  ホテルの中は暖房がきいているのか、百合の匂いみたいにむっとしていた。ユキノジョウとヒツジコは鼻を赤くしている。寒かったのかもしれない。ぼくたちはエレベーターに乗り込む。ちょうど、子供が一人乗り込んできた。エレベーターはすごく狭くて、四人でもいっぱいいっぱいになる。ぼくは4のボタンを押すと、ひょいっと手を伸ばして子供は7を押した。なので、ぼくたちは四階につくまで無言でいた。どうしてエレベーターに他の人がいると、会話ができなくなるんだろう。  エレベーターのドアが開いた。廊下を進み、彩子の部屋へ向かう。角を曲がると、彩子の部屋の前で膝を抱える少年が見えた。ヒツジコがわざと足音をたてて近づく。少年は顔を上げてぼくたちを見ると、笑った。  鼻で笑った。 「またやってきたの。本当デリカシーのないやつらだな。あーやだやだ、そういうのってありがた迷惑って言うんだぜ?」 「うるせえんですよ、クソガキ。毎回邪魔しやがって。マジどいてください」  彩子の部屋の前で陣取る少年をヒツジコが足で追い払おうとする。少年はヒツジコの靴を叩き、可愛らしい笑みで「人のこと足蹴にするなって習わなかった? やだなあ、こーんなガキに説教されちゃってるよ、この兄ちゃん」と毒を吐く。  ユキノジョウが腰をかがめて「きみも毎回、突っかかるね。仲良くしようよ」と話しかけた。少年はユキノジョウを見上げて、唇を曲げる。ユキノジョウは仕方なさそうに眉を下げていた。
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