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「あとはテレビとか。ヒーちゃんと、よくここは雪なんか降らなくてよかったねって話した」
「どうして?」
そうぼくが聞くとユキノジョウは「凍えるからね」と言った。「ねえ、寒さで死ぬやつ多いけど、もっと増えるじゃん。それに、雪って歩きにくいんでしょう? 屋台運ぶの大変だしさ」
ユキノジョウは指に息を吹きかけると、空を見上げた。
「でもねえ、今はなんか、雪が降ればいいと思うよ」
「どうして?」
「困ることは何もないからだよ。アイドントケアってやつさ」
くすくす笑うユキノジョウにぼくはどんな返事をしていいかわからない。今のユキノジョウは嵐が来ても、銃弾が飛び交っても、なんでも受け入れそうな気がして、背筋がひやっとする。そう思うと何故か、トラックに突っ込む彩子が浮かんだ。
「ねえ、雪が降ったら彩子も喜ぶだろうね。あ、でも駄目だな今降ると。そろそろ彩子、倒れる時期だもんね」
うんと頷いて、僕は渋い面を作ってしまった。
「また倒れるように言う」
しかし、ぼくもそういえばそろそろだなと思ってしまったのは事実だ。カレンダーを見上げて、ぼうっと僕は、先月はいつ倒れたのだろうか思い出す。いつもの習慣で、慣れや彩子があんな性格なので前ほどは深刻に考えないようになった。今月倒れても、この調子じゃ見舞いなんてやってられないかもしれない。
しかしユキノジョウはそんなことを思っていないようで「ヒーちゃん、来るのかなぁ。彩子の見舞い」と頭を掻いていた。
突然、ドンドンドンと激しくドアの叩く音がしたのはその時だ。
ぼくもユキノジョウも嫌な予感だと直感した。まず思い浮かんだのはヒツジコで、襲撃にあったとかそういったものではないかと考えた。顔色を変えたユキノジョウは「誰」と声を荒げて、玄関に向かう。
でも返ってきた声は想像していたものじゃなかった。
「おい、そこに彩子はいないか?」
ユキノジョウが扉を開けると、血相を変えて羊のぬいぐるみを抱きしめる、三号の姿があったのだ。
「彩子がいなくなった。もう帰ってこないつもりだ。ここじゃないのかよ」
三号はちらりと部屋を見回して、チッと舌打ちをする。
「何があった?」
「何があったもどうしたもねえよ。彩子が出て行ったんだ。ここじゃないなら赤目のところか? 赤目の家ってどこだよ」
慌てて踵を返し、しかし立ち止って三号は叫ぶ。ユキノジョウとぼくは何がなんだかわからない。彩子がいなくなった。誰かに攫われたわけではないようだが、帰ってこないと三号はいう。
ひどく狼狽する三号は、この時ばかりは年相応の子供に見えた。ただ、それが絶対的なものだと縋るようにぬいぐるみを抱きしめて、半ば泣きそうになりながらぼくたちを見る。ユキノジョウが落ち着かせようと、柔らかな声を出して聞いた。
「ねえ、とりあえず落ち着いて、ここで休んで話を聞かせてよ」
「休んでられっかよ。彩子がいなくなっちまう」
彩子がいなくなる。繰り返し三号は叫ぶが、それがどうしてかわからなかった。もやもやとした不安はあるが、流れについていけなくて戸惑ってしまう。
「ねえ、どうして彩子がいなくなるの?」
「わからねえよ。でも、彩子はこれをおれに渡したんだ。もういらないって、このぬいぐるみを。これ、彩子の親が彩子といっしょに捨てたものだぜ。だから彩子は大事にしてた。でももういらないって出て行った」
羊のぬいぐるみは、彩子が枕替わりに使っていたものだ。三号はそれを掲げて、「だからいなくなるんだ」と言う。
「ねえ、いったい何があったの?」
「何があったって、知らねえよ。お前らに何かがあったんじゃねえのか。だから彩子は」
「おれたちに……」
はっとしたユキノジョウと目を合わせる。オアシスが襲撃にあい潰された。その時、彩子は間違いなく怒っていた。ランドマークの問題だからといって、彩子はおとなしく引き下がるだろうか。いいや、そんなことはない。ぼくたちは彩子の性格をちっともわかっちゃいなかった。彩子からすれば、ランドマークの問題だってことなんて関係ないだろう。彩子にとっても黙っちゃいられない問題で、彩子はとうてい黙る性格ではなかった。
彩子はきっと犯人を知った。ユキノジョウの大切なものを壊した。だから、なんとしてでも相手に復讐しようとしている。
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