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ユキノジョウは上着をひったくると窓を開けた。さすがに今は管理人のロボットが周囲を見張っている。電柱にとまったカラスに向かって叫ぶ。
「管理人、今からランドマークにガキ一人連れてくから預かって。ヒーちゃん家とおれの家にもし、赤毛の子が来たらランドマークに来るように言ってよ」
一足先に靴を履いたぼくは、「わたしは先にセブンに向かってみる。ユキノジョウは管理人にランドマークで姿を見なかったか聞いてみて」と言って駆け出した。
彩子がいない。
青白く、無言でオアシスの残骸を見つめた彩子を思い出す。太陽のようなあの瞳に暗い暗い影が過った、あの時。
彩子は何を呟いたのだろう。
セブンにつきはしたが、ぼくはどこへ行けばいいのかわからなかった。ここに犯人がいるとは限らない。ぼくたちは喧嘩なんかあっても、リーゼント以外に対立していないからだ。こいぬ組は違うと言っていたが、本当にそうなのだろうか。調べはしているかもしれない。街の中をあてもなくぼくは彷徨った。
そうしてぼくは気づく、遊びに来ているからもうセブンにも慣れたと思っていた。しかしどうだろう彩子が先導していないと、ぼくはどこへ行けばいいのかわからないのだ。
そうして、彩子を思った。彩子はぼくたちの仲間だ。すべてを同じようにしたくてたまらなくて、置いてかれまいとしていた。全部捨てるように、ぼくたちを想ってくれていた。その彩子は誰にも何も言わず、ただ唯一の自分の存在を示すものを三号に預けて消えてしまった。
ぼくたちは、彩子のことをもっとよく考えるべきだったのだ。
人混みをぬってぼくは赤い髪を探す。信号でもなんでも、赤を見つけるとドキッとした。そこに彩子がいるようで駆け出したくなる。迷いながら、行き来し、ぼくは道ゆく人に赤い髪の女の子は見なかったかと、写真を取り出して聞いた。誰もが首を傾げるだけだった。ぼくは焦るだけで何もできない。
あてもなく歩いていると、いつか来た廃工場の道までやって来ていた。リーゼントの溜まり場だ。少数のチームで、こいぬ組とは比べものにならない。通り過ぎてもよかった。
ただ、その時、積み重なった車の陰に赤い髪が通り過ぎるのを見てしまった。
「彩子!」
ぼくは思わず叫んで廃工場へ駆け寄る。赤い髪は戻ってくることはない。金網の扉を見ると、鍵はかかってなかった。やつらはいる。本当にあれは彩子だったのだろうか。次の瞬間、声は聞こえた。
「やっと帰ってきたんだね。絶対に、絶対に、絶対に許さないから!」
彩子の、憎しみに満ちた声が、夜空に吸い込まれていく。すると下品な笑い声が耳に届いた。まだ、間に合う。ぼくは声の方向へ向かっていく。前にぼくらが歌った場所にリーゼントたちはいた。そこから距離をとって彩子が立っている。
誰かが彩子に近づこうとしている、ぼくは彩子の名を呼びながら前に立ちはだかった。チームの一人が動きを止める。彩子は何も言わなかった。ぼくが彩子を確認すると、開いたリュックを抱えながら、ちらりとぼくを見るだけで、すぐリーゼントを睨みつける。毒々しい、燃えるような黄色い瞳がそこにある。
「お姫さまが一人で何をやってきたのかと思えば、王子さまの登場か」
リーゼントが仲間に呼びかけた。また、笑い声が上がる。やつらはぼくと彩子だけだからだろうか、とても不自然なほどの余裕があった。それぞれカバンに肘を置いてゆったりとぼくたちを見ている。
「ハイド、どいて」
彩子はぼくを押し退けて、リーゼントと向き合う。おどけてリーゼントが震えるふりをした。すっと彩子は目を眇める。
「お前ら、オアシスを壊した。絶対に許さない」
彩子ははっきりとリーゼントを犯人だと言った。ぼくはリーゼントを見た。ニヤリと笑って肩を震わせている。
「あなたが、オアシスを壊した?」
ぼくは間抜けにもぽかんと口にした。リーゼントは耐えきれないというように大声で笑いだした。ゲラゲラとした声が夜に響きわたる。廃工場にもそれは届いて、何人か笑っているような妙な響きとなっていた。
「ああ、壊した。壊したさ。どうってことない、チンケな屋台だったな」
ぼくはズドンと胸に鉛玉が撃ち込まれたような気がした。そこから熱い塊のようなものがぼくの喉まで迫り上がってくる。こいつらが、オアシスを壊した。犯人はやはりリーゼントだった。組みかかりたい衝動が襲ったが、彩子がいることを思い出して、とどめた。だが、握りしめた拳は小刻みに揺れている。
「こいぬ組に、あなたたちがかなうとでも? このことは報告する。彩子、帰ろう。わたしたちよりも確実に報復をする」
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