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「伏せて、目を閉じて」
ぼくは瞬時に伏せて目を閉じる。空気が膨れ上がったかと思うと、耳を、多分人間なら鼓膜を貫くような音の後に、目蓋が白く染まった。すぐ顔を起こすと、やつらは倒れていたり、目を覆っている。
何が起こったのか、数秒ポカンとした後わかった。
彩子の、閃光弾だ。
「今だ。行こう」
彩子に言われてぼくは駆け出す。やつらの誰かを踏みつけて、廃工場跡から逃げ出した。彩子は、目を閉じている。けれど、何度か鼻をすすった。
ぼくはランドマークに行っても彩子を抱えていた。
ランドマークのビルに入るなり、ユキノジョウと待ち合わせた上階へ向かった。そこに三号が、ユキノジョウが待っている。三号はひっついたまんまのぼくと彩子を見て、「彩子……」と微かに呼んだが、黙ってしまった。
彩子はぼくの肩に顔を押し付けるようにして、泣いている。途中からやりきれなくなったのだろう。ぼくはユキノジョウと三号に向かって首を振った。
「やはり、オアシスを壊したのはリーゼント」
ユキノジョウが眉を顰める。
「ねえ、だって……やつにはそんな力ないって……」
「それについては管理人も入れて話をしなくてはならない。街の、問題」
ぶるッと彩子が震えた。喘ぐような声をあげて、ぼくの首筋にまで顔を押し付ける。生温かい雫がぼくを濡らしていく。ぼくは慰めるような言葉がなかったので、何も言えなかった。
この彩子に何が言えるのだろう。
未来は友達じゃない、いつも彩子はそう言っていたが、未来でも友達であるフーマの三人組に憧れていた。
もしかしたら、自分もそんな未来がと、夢見ていたかもしれない。
自分勝手なぼくの理想だけど、ひょっとしたらそれはぼくらと。
それなのに、だ。
ぼくは彩子に頬を寄せる。もう泣いてほしくなかった。彩子には笑っていてほしかった。でも彩子は泣きやまない。裏切りが当たり前だというセブンの噂は、その噂を否定する夢であったフーマに肯定されたのだ。
ユキノジョウや三号も、何か重大なことがあったと察したのか何も言ってはこなかった。しばらく、そうしていたと思う。
三十分ほどすると、静かな空間の中で、やけに響く強い足音がした。
「彩子……っ」
ヒツジコだった。髪の毛を血で赤く染めながら、彩子を睨んでいる。左腕は何かで抉られたような傷口があり、そこから血が流れていた。ズンズンと歩くヒツジコにぼくは彩子を下ろした。
彩子が手のひらで顔を拭いながら、ヒツジコのそばに寄る。
「ヒツジコ……」
ぱあんとそこに乾いた音が響いた。ヒツジコはちっと舌打ちをする。彩子は涙を止めて、自分の左頬に手を当てる。
ヒツジコが、彩子を叩いたのだ。
「ヒツジコ、彩子は今」
「うっせえよ、ハイド、黙れ」
吊りあがった眉に半分閉じられた瞳。ヒツジコは彩子を見つめながら、手を握りしめる。はぁはぁと荒い息に、唇を結んだ。
「なんで一人で行くんだよ。お前に何ができるんだ? 死ぬ気だったのかよ」
彩子はキョトンとすると、また目に涙を溜めはじめる。首を振りながら「だって」と小さい声をあげた。
「だって、だってだってだって、彩子は入れてくれなかったじゃないか。関係ないって、入れてくれなかったじゃないか」
絞りだすように、彩子は言った。涙を流しながら何度も首を振り、ヒツジコを睨みつける。ヒツジコが二、三歩進んで彩子の前に立つと、彩子は耐えきれないようにその胸を叩いた。ヒツジコは何もかもわかったような顔をして、彩子の頬の傷に触れる。それを合図のように、彩子は大声で泣きはじめた。
「なんで、なんで彩子はダメなんだよ。いっしょじゃあダメなの? なんで関係ないんだよ。なんで関係ないんだよ。どうして彩子だけが。彩子だっていっしょがいい。できることだってあるんだ」
「だけど、彩子。お前は女じゃねえかよ」
ヒツジコが言い聞かせるように、彩子の顔を胸に寄せる。
「イキがっても弱いくせに。お前は女じゃないかよ。おとなしく待ってるしかねえんだ」
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